不平等、性暴力、金銭問題...韓国映画界の「膿を出し」栄光を支える組織の存在
POWER TO THE DIRECTORS
(左から)クォン・チリン、パク・チャヌク、リュ・スンワンが05年に設立した韓国映画監督組合(DGK)は監督たちを後ろから支える FROM LEFT: YONHAP/AFLO, GISELA SCHOBER/GETTY IMAGES, YONHAP/AFLO
<監督たちを束ねる「DGK」の精力的な活動が、世界を席巻する韓国映画の強さの源になっている>
2019年5月。新作ドキュメンタリー映画『スープとイデオロギー』の編集を韓国で行うと決めソウルに向かった。あれから2年。多くの映画監督に出会い、教えられ、助けられ、まるで人間関係が濃い韓国映画そのものの中にいるようだった。個別の名作だけではなく「韓国映画」全体として世界を席巻する力の裏側には、健全な結束力で突き進む映画監督たちの連帯があった。彼らを束ね、精神的支柱となっているのが韓国映画監督組合(DGK)だ。
DGKは、パク・チャヌク、リュ・スンワン、クォン・チリンの3人の監督が05年に立ち上げた。韓国映画の新時代を切り開いた金字塔的作品『JSA』(00年)を放ったパク・チャヌク監督が初代共同代表の1人であるのは象徴的だ。現在の組合員は400人弱。DGK内の理事会や委員会では、知名度やキャリアに関係なく繰り広げられるフェアな討論で物事が決まる。
前任のポン・ジュノ監督、チェ・ドンフン監督から代表を引き継ぎ、現在の代表を努めているのがミン・ギュドン監督、ユン・ジェギュン監督だ。「DGKのロールモデルはアメリカの映画監督組合(DGA)。最初は親睦団体として始まったDGKだが、権益団体としての機能を充実させようと努力中だ。死ぬ直前まで次作について悩むのが映画監督の本能。脚光を浴びることなく陰鬱に過ごしている監督たちが映画から遠ざからないよう、何かを提供できる団体でありたい。それができてこそ、第2のポン・ジュノも生まれる」と、ミン監督は言う。
現在DGKは、監督が著作権者として認められ、そこから収入を得るシステムをつくろうとしている。ミン監督によれば「日本は韓国より先に映画が発展し、黄金期を経て、監督が著作権者として認められビデオやDVDの売り上げの一部収益を受け取っている。不法ダウンロードが少なく、DVDが売れる数少ない国でもある。韓国は映画をタダで見るのは当たり前みたいな無法状態だったし、創作者の権利を守るという観念がなかった。サブスクリプションが普及して、最近やっと著作権に対する認識が定着し始めた」
独裁政権時代、映画は政府の検閲を通過せねばならず、反共映画や啓蒙映画など国家賛美の作品が多かった。1980年代の民主化闘争を経て表現の自由を獲得した創作者たちは、90年代後半以降、韓国社会と自身のアイデンティティーを問う名作を次々と生み出した。
最近では、政治的な話題(『ザ・キング』『KCIA 南山の部長たち』など)や現在進行形で進む社会問題を競うように映画化する機運が映画界にみなぎっている。「韓国映画と韓国社会は地続き」というメッセージを明確に示していることが観客動員数を伸ばし、ネットフリックスなど配信作品の活況を促し、韓国映画界を活性化させていると言っていい。
例えばコン・ユ主演の『トガニ幼き瞳の告発』(11年)は、聴覚障害者の施設で実際に起きた性的虐待事件を扱った。これが社会的反響を呼び、性犯罪を厳罰化する法改正が実現。映画が国家を動かした。
でも、制作以外のシステムは脆弱だった。