ホームレスとハウスレスは別──車上生活者の女性を描く『ノマドランド』の問いかけ
Meditating the Meaning of Home
マクドーマンドの深みと曖昧さに満ちた演技が示唆するように、ファーンが移動を繰り返すのは何かを求める行為であり、別の何かからの逃避でもある。その何かとは何か、本人も把握していない。
ファーンの過去は少しずつ明らかになる。破れたスナップ写真の中に1度だけ登場する亡き夫は、ネバダの鉱山で働いていた。家族とはほぼ断絶状態のようだが、車の修繕費を貸し、自宅に泊まるよう誘ってくれる妹がいる。
恋する男デーブ(デービッド・ストラサーン)をはじめ、ファーンはほかの移動生活者と親しくなるものの一定の距離を保ち、関係が面倒になったらすぐに立ち去る気でいる。労働階層出身で、時に粗暴なほど率直に物を言うが、多くの驚きを秘めている。あるときは独りきりでフルートの練習をし、詩を暗唱して聞かせる荘厳な場面もある。
本作は、2017年に刊行されたジェシカ・ブルーダーの著書『ノマド──漂流する高齢労働者たち』(邦訳・春秋社)を原作とする。アマゾンの倉庫など、季節労働の現場を潜入取材したノンフィクションだ。ファーンは映画のために創作された役柄だが、原作の登場人物がそのまま出演しているケースもある。
ファーンが「ノマド」と称する移動生活者の共同体を知るのは、実在のノマドの集会の場だ。車上生活者(大半はいわゆる定年を過ぎた高齢者だ)が砂漠に集まって食べ物を分け合い、道具やアドバイスを交換し、彼らの拠点となっているYouTubeチャンネルの主宰者、ボブ・ウェルズの言葉に耳を傾ける。
ウェルズは本作に本人役で出演した。ファーンの親しい仲間スワンキーとリンダ・メイも、実在のノマドである同名の女性2人が演じている。彼女たちの物語と、ようやく安らぎを手にしたというたたずまいは、最も忘れ難い場面のいくつかを生み出している。
アマチュアの役者、特に社会の周辺部で暮らす高齢者と有名俳優を混合すれば、独善的な印象を与える恐れもあった。だがマクドーマンド(原作の映画化権を取得し、共同製作者としてジャオを指名した本人でもある)の飾り気のない演技と、プロもアマチュアも配慮と共感を込めて捉えるジャオの目線によって、両者の境界は消え去っている。