『愛の不時着』の魅力を元CIA工作員が読み解く...世界的な変化を見事に捉えた普遍的な物語
GLOBAL CRASH LANDING
そうした物語の中で私たちは慣れ親しんだ日常が消え常識も通じない世界を訪れ、深い真実を発見する。不屈の精神で愛を成就させるセリとジョンヒョクを見て、大切な人への献身が希望と喜びを生むことを本能的に理解する。
複雑な生い立ちのせいで人を信じられなくなっていたセリはジョンヒョクへの愛に気付き、心を開いていく。何度も韓国に帰ろうとして果たせず絶望する彼女を、「家族」となったジョンヒョクの部下の4人組が慰め、一緒に頑張ろうと励ます。
試練さえも大切な人々と分かち合えば、いくら高級ブランドで着飾っても孤独だったソウルでの生活よりずっと豊かな暮らしが与えられるのだと、セリは気付く。北朝鮮の軍服を着た王子様でも財閥を率いるお姫様でもない私たちの心もまた、2人の愛の行方を見守ることで豊かになる。
北朝鮮は舞台として目新しく、ストーリーは共感しやすい。国境を越えても、人間のうぬぼれや権力志向は変わらない。北のエリートは洗練されたところをアピールしようと会話の端々にアメリカ英語を交ぜ、ソウルではセリの兄と兄嫁たちが仁義なき後継者争いに明け暮れる。
中流層の拡大が追い風に
南北の格差はユーモアを交えて描かれ、軍事境界線や政治的緊張はあくまでもストーリーを盛り上げる小道具として扱われる。韓国側の工作員がそろいもそろってステレオタイプな黒いスーツに黒いサングラスという格好なのは、元CIA工作員の私から見れば、ご愛嬌だ。
もっとも、韓国でドラマが作られるのは今に始まった話ではない。『愛の不時着』が世界で旋風を巻き起こした背景にはテクノロジーと社会と国際政治の根本的な変化がある。
インターネットを通じ世界の文化がリアルタイムで届くようになったのは、ここ15年ほどのことだ。世界のインターネット人口は2005年の約16 %から、現在は64%まで増加した。グローバリゼーションは1つの大きな世界文化を創り出し、その文化に親しむ中流層の拡大は止まらない。05年に約10億人だった中流層は、20年には30億を超えた。
『愛の不時着』を190カ国に配信するネットフリックスは、こうした変化を追い風に急成長した。05年に400万人だった契約者数は、20年に2億人を突破。人類史上初めて、億単位の人間が世界各地の映画やテレビ番組をいつでも手軽に見られるようになった。