「別の国、人種、セクシャリティーの本で孤立の時代に共感を」デービッド・ピース
ULF ANDERSEN/GETTY IMAGES
<『Xと云う患者 龍之介幻想』『TOKYO YEAR ZERO』などで知られ、日本との縁も深いイギリスの作家デービッド・ピース。欧米と異なる中国文学・日本文学の伝統から、彼自身の読書の「経験則」まで、自らを作った5冊の紹介と絡めて語った。本誌「人生を変えた55冊」特集より>
大きな影響を受けた記憶がある最初の本といえば、ロアルド・ダールの『すばらしき父さん狐』だ。今から思えば興味深いことに、読んですぐに自分なりのバージョンの物語を作りたいと感じた。7歳か8歳だった私は完全なパクリ作品を書き、セロテープで表紙を付けて本にした。
『すばらしき父さん狐』
ロアルド・ダール[著]
邦訳/評論社
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
私にとって「私を作った本」とはこれまでずっと、夢中で読んだだけでなく、書きたいと思わせてくれた作品だ。その始まりがこの物語だった。
作家として大きな影響を受けたのは芥川龍之介の短編小説だ。1994年に来日後、新宿の紀伊國屋書店で「羅生門」を含む英訳版の短編集を見つけた。帰宅途中の電車で「藪の中」を読んだことを覚えている。犯罪事件を複数の視点から語り、真相についての判断は読者に任せる──こんなすごい作品には出合ったことがなかった。
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
芥川の人生をテーマにした自著『Xと云う患者 龍之介幻想』(邦訳・文藝春秋)の取材中、彼の子供時代の中心にあったのは本と読書だったこと、伯母が読み聞かせをしていたことを知った。中国と日本の古典や伝説だ。芥川はそうした物語を取り上げて語り直した(「羅生門」も「藪の中」もそうだ)。
欧米には一般的に、個性や独創性に対する過剰なまでのこだわりがある。だが既存の物語を伝え、語り直す中国文学や日本文学の伝統は素晴らしいと思う。世界文学の中で芥川はあまりに過小評価されている。しかし私の著作やその構成は間違いなく、彼の作品に影響されている。
50年代後半から60年代前半の怒れる若者たち世代の作家にも刺激された。そのうち何人かは私と同じく、イングランド北部ウェスト・ヨークシャーの出身だった。
私の著書『ダムド・ユナイテッド』は、その1人であるデービッド・ストーリーの小説『ディス・スポーティング・ライフ』(邦訳なし)へのオマージュだ。彼は炭鉱労働者の家庭で育ち、プロのラグビー選手だった。その一方でロンドンの美術学校で学び、本を書いたのだから素晴らしい。
最も好きな小説を選ぶのはいつでも難しい課題だが、どうしてもと言われたら、ミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』を挙げる。コミカルで悲劇的で、詩的で、極めて倫理的。想像力が生み出した圧倒的な作品だ。
『巨匠とマルガリータ』
ミハイル・ブルガーコフ[著]
邦訳/岩波書店
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)