最新記事

映画

ヒトラーは少年の空想上の友達──異色コメディー『ジョジョ・ラビット』

Disney’s Controversial Hitler Movie

2020年1月17日(金)18時30分
サム・アダムズ

ジョジョが頭の中でつくり出した架空の友達は、ヒトラーその人だった ©2019 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION & TSG ENTERTAINMENT FINANCE LLC

<大戦末期のドイツを舞台に10歳の憶病な愛国少年とユダヤ人少女の出会いを描く>

昨年9月にトロント国際映画祭で上映されたタイカ・ワイティティ監督の『ジョジョ・ラビット』には、1930年代のナチスのニュルンベルク党大会の映像が登場する。

実はナチスの映像を使った上映作品はほかにもあった。オーストリアの良心的兵役拒否者を描いたテレンス・マリック監督の『名もなき生涯』は、悪名高いナチスの宣伝映画『意志の勝利』から複数のシーンを引用している。

だが、アドルフ・ヒトラーの台頭を象徴する場面にビートルズの「抱きしめたい」を(ドイツ語に翻訳した歌詞付きで)かぶせた映画は、唯一無二だろう。総統を一目見ようと通りに並んだ群衆の列は、この歌の持つ力──言うなれば、何かとつながりたいという熱に浮かされたような強烈な感情を嫌でも感じさせる。

ただし、スクリーンに映し出されるのは、人々を熱狂させるポップミュージックの力で1つにつながるのではなく、偽りのイデオロギーにのみ込まれていく国の姿だ。国中を席巻する「ヒトラーマニア」という名の新しいブームに。

宣伝資料によれば、『ジョジョ・ラビット』は「反ヘイトの風刺映画」だ。主人公は、アーリア人至上主義者の愛らしい10歳の少年ジョジョ・ベツラー(ローマン・グリフィン・デイビス)。舞台は第二次大戦末期、彼は落日の祖国のために戦おうとしている。

脱走兵の父親は不在で、町に残る男たちはろくでなしか徴兵検査の不合格者ばかり。大人の男のロールモデルがいないジョジョは、代わりに架空の友達を頭の中でつくり出す。この空想上の友人こそ、ヒトラーその人だ。

ただし、この「ジョジョのヒトラー」は本物とかなり違う。まず、世界に冠たるゲルマン民族の勝利より、臆病な少年が自分を克服するのを手助けすることに関心がある。

しかも、その役を演じる俳優は監督と脚本も手掛けたタイカ・ワイティティ自身。ニュージーランド生まれの彼は、母親がユダヤ人で、父親はマオリ人だ。

ワイティティ演じるヒトラーは、少年に貴重な人生訓を授ける一方で、時に反ユダヤ主義むき出しの差別語を吐く。この極めて微妙なバランスの上に成り立つキャラクターをなぜ映画に取り入れたのか、尋ねてみたい衝動に駆られる(原作の小説には、このような人物は登場しない)。

笑いは問題分析の手段

この映画のコンセプトだけでも、かなりの批判を浴びそうだ。しかし、ワイティティは作品のプレミア上映後、1933年と現在を対比させる真面目な意図があったと語っている。当時の世界は「無知と傲慢」ゆえに、迫り来る脅威に対処できなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界EV販売は年内1700万台に、石油需要はさらに

ビジネス

米3月新築住宅販売、8.8%増の69万3000戸 

ビジネス

円が対ユーロで16年ぶり安値、対ドルでも介入ライン

ワールド

米国は強力な加盟国、大統領選の結果問わず=NATO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中