最新記事

映画

ヒトラーは少年の空想上の友達──異色コメディー『ジョジョ・ラビット』

Disney’s Controversial Hitler Movie

2020年1月17日(金)18時30分
サム・アダムズ

この映画の核心は、ジョジョと(本物または空想上の)ヒトラーとの関係ではない。少年が見つけた自宅アパートの隠し部屋に住むユダヤ人の少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)との関係だ。

母親のロージー(スカーレット・ヨハンソン)は、息子の前では秘密にしていたが、ナチスの第三帝国に明確に反対の立場で、ジョジョの言動に心を痛めていた(かわいい息子に何があったのかといぶかる様子は、現代アメリカでオルト・ライト〔新右翼〕に心酔する若者の親たちを思わせる)。

したたかなエルサは、ユダヤ人には悪魔の力があると信じるジョジョの思い込みを逆手に取り、少年を脅して秘密を守らせると同時に、外部の情報を手に入れようとする。一方、空想上の総統を喜ばせたいと願っているジョジョは、実際には落ちこぼれのファシストで、ウサギを殺す冷酷さもない(そのせいで「ラビット」という侮蔑的なあだ名を付けられた)。彼は自分ではエルサから情報を引き出し、ユダヤ人の秘密を上官と共有しているつもりだが、実際には心の中で妄想を積み上げているにすぎない。

映画はユーモアにあふれている。例えば「ユダヤ人だ!」というセリフの直後に、「神の祝福を」が続く。ナチスの青少年組織ヒトラーユーゲントに入隊できない別の落ちこぼれ──分厚い丸メガネの太った少年と、ジョジョの友情も笑いを誘う。

しかし、ワイティティはナチスを軽く扱ってはいない。『ジョジョ・ラビット』の笑いは問題を矮小化するためではなく、分析するための手段だ。憎悪のイデオロギーが快感として受け入れられていく過程を掘り下げ、ファシストの提示する世界観が子供の妄想と同程度の底の浅い解釈にすぎないことを暴き出す。

『ジョジョ・ラビット』は難解な映画ではないが、難しい問いを投げ掛けている。

JOJO RABBIT
『ジョジョ・ラビット』
監督╱タイカ・ワイティティ
主演╱ローマン・グリフィン・デイビス、トーマシン・マッケンジー
日本公開は1月17日

©2020 The Slate Group

<本誌2020年1月21日号掲載>

【参考記事】ドイツにネオナチ・テロの嵐が来る
【参考記事】よみがえったヒトラーが、今の危うさを浮かび上がらせる

20200121issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年1月21日号(1月15日発売)は「米イラン危機:戦争は起きるのか」特集。ソレイマニ司令官殺害で極限まで高まった米・イランの緊張。武力衝突に拡大する可能性はあるのか? 次の展開を読む。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

為替円安、行き過ぎた動きには「ならすこと必要」=鈴

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中