最新記事

BOOKS

人殺しの息子と呼ばれた「彼」は、自分から発信することを選んだ

2018年10月17日(水)16時50分
印南敦史(作家、書評家)


「パラパラマンガってわかりますか? 当時、俺には何も楽しみがなかったんで、それにものすごく感動してたんですね。ずうっとそれで遊んでいて、あるとき親父がそれを隠したんです。子供心にちょっと反発して"出してくれ"って言ったんですけど、そのときに"お前は本当の息子じゃない"みたいなことを言われたんですよね。そこらへんは漠然とした記憶しかないんですけど」
 子供にとってはつらい言葉だ。松永は前妻の長男のことをずいぶんかわいがったのに、彼には冷たく当たったようだ。少なくとも彼はそう感じていた。
「俺はなんか邪魔みたいな存在やったと思うんですよ。保護される直前によく言われていたのが"お前さえいなければ純子と別れられる"ということで。何十回、何百回、言われたかなっていうくらいずっと聞かされていて。(そうすると)だんだん、自分がおることが悪いんやなって思えてくるんですよね」(59〜60ページより)

彼は間違いなく松永と緒方の息子なのだが、つまりはこれも松永のやり口なのだ。相手をとことんまで追い込み、絶望の淵に立たせ、さまざまな手段を駆使して監視下に置くのである。

松永はアジトというべき2カ所のマンションに監禁している人たちを振り分け、完全な"支配者"になった。誰かを監禁すると、通電で恐怖を与え、食事などを制限した。それは"実の子"である彼も例外ではなかった。初めて通電されたのは、テレビのリモコンでチャンネルを変え、ひどく怒られたときだった。


「導線を巻きつけたクリップを体のどこかに取り付け、電気を流すんですけど、俺は顔と手と足にされたことがあるんです。とにかく早く終わってほしかった。ものすっごい痛いんですよ。(中略)だいたい平均六回でした。一回の出来事に対して六回です。あいつの機嫌を損ねたら六回、その場でやられる。すぐ"アレ、持ってこい"って。誰も反抗しないんですよね。こいつがそう言うなら、そうせないけんっていうような。それが当たり前、それが正当化されたような本当に変な空間やったんです。当時、俺もそこにいたはずなのに、それがおかしいとか思うこともなく、当たり前やとなっていて。この人を怒らしたけ、そういうことされるんやっていう......。いま考えたらソッとしますけどね」(62ページより)

やがて、虐待の末に命を落としてしまう人が出ると、松永の命令に従ってその遺体を解体して鍋で煮込み、ミキサーにかけて液状化してペットボトルに詰め、海などに捨てる作業を強制される。まだ子供だった彼もまた、それを手伝わされる。


「記憶に残ってるのがペットボトルと船なんですよね。(中略)ものすっごい臭いがするんですよ、そのペットボトルに詰めていたのが。俺も一緒に手伝ってたんですよね、それを詰めるのを。で、船に乗って、何かをしてから家に戻ってたんですよね。(保護されてから)自分でいろいろと調べていくじゃないですか。それで全部、つながったんです。ああ、これやと思って」(78ページより)

ものごころがついておらず、責任能力がなかったのだから、仮に死体遺棄に加担していたとしても子供に責任を負わせる必要はないだろう。しかし彼は「そういうのは関係ない」と思うのだそうだ。実際、したことに変わりはないのだから、と。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中