人殺しの息子と呼ばれた「彼」は、自分から発信することを選んだ
そのため、常にあるのは「申し訳ないな」という思い。そして、両親の逮捕に伴って9歳で保護されてから15年間、ずっと逃げて隠してごまかして生きてきたという。しかし、逃げ続けていたのでは両親と変わらない。だから外に出ることで、「俺はいまこうしているんですよ」ということを少しでも多くの人に知ってもらえる。彼が著者に電話をかけてきたのも、そんな理由があるからだ。
戸籍がないまま育ってきた彼は、普通の子のように学校に通えるようになってからも苦難の連続だった。ずっと虐待されてきたからか、女の子から好きだと言われても、「好き」の意味が理解できなかった。「お前の父親は犯罪者だ」と言われることもあり、当然のことながら荒れた時期もあった。人間不信に陥ったからだ。小学生の頃は獣医師になりたい気持ちがあったというが、それも「動物は素直で、言葉の裏を読んだりする必要がない」という理由からのものだった。
「動物は、お腹が減ったらご飯を欲しいとねだり、あまえたかったらあまえてくる。体調が悪かったら体調悪そうにするじゃないですか。純粋な生き物やなあって思いますね。絶対的に自分より弱い立場の生き物なんで、恐怖心や不安感を抱くこともなく、何かをしてあげたいという気持ちになるんですよ。で、人間と関わると、また失望するんです。嘘ついて、ごまかして、こんなに醜い生き物がおるんかな。人間って嫌やなって。でも、自分もその人間なんですよね」(151〜152ページより)
中学卒業後、里親の家から高校に通っていた彼は、里親とうまくいかなくなったことがきっかけで高校を中退。社会からの「自分のような存在が面倒くさいだけなんやろうな」という思いを肌で感じながら、職を転々とする。そんななか、小学校の頃の幼馴染だった女性と再会して同居。彼女も、社会保険などにも入っていないような複雑な家庭に育った人だった。
やがて籍を入れたのも、「籍を入れることで彼女に社会的な保証がつくようにしよう」と考えたからなのだそうだ。そして現在は、高校時代の友人から紹介された会社で正社員として働いている。もう5年以上勤めているという。
「こんな俺でも必要としてくれる人たちがいる会社......。会社が俺を必要としてくれてるというんじゃなくて、その会社で働いている人たちが、みんな何かあったら相談してきてくれたりするんです。俺も、何かあったら相談しますし、人間に恵まれてるっていうのがすごくあります。それがたぶん長続きしているいちばんの理由だと思いますね」(162ページより)
しかしそれでも、世間はたびたび両親の事件のことを取り上げた。そういうものが目につくたび、もうやめてほしいという気持ちになっていたというが、いつしか「やめてくれ」というだけではなく、自分から発信していくことを彼は選んだのだ。