宇宙的スケールの造形世界
東洋出自の龍と西欧世界とを対話させるというこの大胆な構想は、まったく違ったかたちで、一九九九年、ハプスブルク家以来の長い伝統を保ち続ける町ウィーンにおいて実現された。「龍がウィーンを観光する:外星人のためのプロジェクトNo.32」がそれである。この火薬パフォーマンスが行われたのは、多くの文化施設が集中する美術館地区で、このエリアは「歴史的な雰囲気に満ちており、文化の〝気〞が凝縮していた」と蔡は言う。そこで展開された「観光する龍」の姿は、記録写真で見るかぎり、まだ夕暮には間のある午後の青空を背景に、何台かの大型クレーンに捲きつけた導火線が、ほとんど優雅と言ってもよいほどの巨大な龍の姿を描き出している。火薬が生み出す色彩と形態の見事な調和の感覚は、造形作家として蔡の卓越した才能を充分に物語るものと言ってよいだろう。
以上に述べた作品例は、蔡の多面的な活動のほんの一部に過ぎないが、その他の作例も含めて、そこに見られる共通した特色は、宇宙的とも言える構想の壮大さと、それに見合う作品スケールの大きさであろう。今回の展覧会でも、会場正面の壁を飾る火薬絵画「夜桜」は、縦八メートル横二四メートルという巨大なスケールであり、また、ベルリンの壁崩壊の記憶に触発されたというインスタレーション作品「壁撞き」では、九九頭の等身大の狼が激しく空中を飛翔し、透明なガラスの壁にぶつかって引き返すという動物たちの無言のドラマが、幅八メートル、奥行き三二メートルの空間いっぱいに展開されている。
しかし、江戸期の春画に想を得た最新作「人生四季」四部作では、四季折々の草花や鳥、あるいは季節を暗示する花札模様に覆われた抱き合う男女の姿は、外部の世界からは隔絶されて、二人だけの官能の充足に沈潜している。技法的には、火薬絵画にはじめて色彩を導入して移りゆく季節の風情をも漂わせたその見事な成果は、この画家が、大いなる自然と呼応する人間内部の奥深い世界への探究にも強く惹かれていることを示しているように思われる。
[筆者]
高階秀爾(大原美術館館長、西洋美術振興財団理事長)
1932年生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ大学付属美術研究所およびルーブル学院で西洋近代美術史を専攻。東京大学文学部教授、国立西洋美術館館長などを経て現職。東京大学名誉教授。著書に『名画を見る眼』(岩波書店)、『近代美術の巨匠たち』(岩波現代文庫)、『近代絵画史』(中央公論新社)、『日本の美を語る』(青土社)など多数。
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