チベットを裏切るハリウッド
巨大市場に目がくらんでチベット支援は二の次に──
中国当局の「残忍性」に目をつぶる米映画業界の危険な兆候
熱視線 『カンフー・パンダ』に続きチベットが舞台の作品に挑むカッツェンバーグ(08年10月、四川省) Wang Ruobing-ChinaFotoPress/Getty Images
ハリウッドと中国の間に残るしこり──それはチベットの問題だ。セレブ活動家たちは長年、チベット独立を支援するコンサートを企画し、授賞式で「チベット解放」を叫び、中国が「ジャッカル」だの「羊の皮をかぶったオオカミ」だのと呼ぶダライ・ラマと親しくして中国政府をいら立たせてきた。
97年にチベットに関する映画2本(ブラッド・ピット主演の『セブン・イヤーズ・イン・チベット』とマーティン・スコセッシ監督の『クンドゥン』)が公開されると、中国当局は即座に非難。ピットとスコセッシは入国禁止となった。
そんな中国政府がハリウッドとチベットの映画を共同製作するなんてとんでもない、ばかなことを言うな──と思うだろう。しかしハリウッドが中国依存を強めている今、そのばかなことが現実になっている。4月、ドリームワークス・アニメーション(08年には『カンフー・パンダ』を製作)は、中国最大の映画会社である中国電影集団公司と映画『チベット・コード』を共同製作すると発表した。
原作は人気冒険小説『蔵地密碼』。9世紀のチベットを舞台に、チベット犬の専門家が仏教の秘宝探しを繰り広げる。ドリームワークス・アニメーションのジェフリー・カッツェンバーグCEOは記者会見で「素晴らしいストーリーであり、政治問題には踏み込まない」と政治的な影響を懸念する声を一蹴。あくまでも「娯楽超大作」で、隠れた思惑などないと強調した。
一方、この共同プロジェクトに約55%を出資する中国側の言い分は少々違った。中国電影集団公司の韓三平会長は『チベット・コード』は中国の文化や道徳観や価値観を世界に広める一助となるだろうと語った。世界的なイメージアップをもくろむ中国政府の意向に沿った使命だ。
中国は今やアメリカに次ぐ世界第2位の映画市場。成長する市場に参入しようとハリウッドが躍起になるなか、『チベット・コード』はより危険な領域に一歩踏み込むことになる。
「チベット賛美」の陰で
中国ではチベットの話題は天安門事件と並んで報道規制が厳しい。100人を超すチベット人の焼身自殺を報道することはできない。中国国内では、漢民族の中国共産党がチベットを残忍で遅れた封建主義から解放したことになっている。
「中国は独自のチベット史をでっち上げている」と香港大学のマイケル・デービス教授(法律学)は言う。「チベットは何百年も前から中国の一部であることに満足しているというのが中国側の言い分だが、外国の研究者のほとんどはそれに異を唱えている」