最新記事

映画

チベットを裏切るハリウッド

2013年7月26日(金)16時14分
ベンジャミン・カールソン

 チベットは欧米人だけでなく、都市部に住む中国人エリートにとっても魅力的な場所だ。漢民族とチベット人の緊張増大をものともせず、国内外から大勢の観光客がチベットに詰め掛ける。「蔵漂(チベットヒッピー)」と呼ばれる若者が精神性を求めてやって来ることも多い。11〜12年の観光客数は25%増加した。

 最近の映画や本では、チベットはエキゾチックな文化と神秘的な美しさが息づく地として描かれる──その筆頭格が300万部を売り上げ、模倣作も相次いだ『蔵地密碼』だ。昨年11月、地元の共産党機関紙チベット日報すら、チベット賛美ブームを次のように批判した。「この手の本の著者はチベットのことに精通しているわけではない。中身はほとんどが噂と臆測に基づいている」

 チベットの文化と歴史を集めたといううたい文句とは裏腹に、この本は現在のチベットの政治的現実から目をそらしている。都市が共産党の厳しい監視下に置かれ、僧侶が政権転覆を図ったとして逮捕されているのがチベットの現実だが、本の中のチベットは民族対立の地ではなく、エキゾチックな文化と先人の知恵にあふれた地だ。

金儲けと政治を切り離す

「中国はいわゆる『少数民族』の話を、民族舞踊と異文化ショーのようなステレオタイプで表現しがちだ」と香港大学のデービスは言う。「ドリームワークスはこの点をきちんと理解しないと、中国でしか公開できない映画を作りかねない。僧侶の焼身自殺が続くなか、『幸せな先住民族』というメッセージはなかなか受け入れられない」

 もちろん中国市場参入のリスクを引き受けているのはドリームワークスだけではない。米映画各社はとっくに中国の検閲・映画当局の気まぐれな要求に応じるようになっている。

 日頃は挑発者を自負するクエンティン・タランティーノ監督も『ジャンゴ 繋がれざる者』では大半の性描写や暴力シーンのカットを余儀なくされた。『アイアンマン3』は悪役「マンダリン」が中国を連想させないようなキャラクターに変更され、中国版には中国人外科医がヒーローの命を救うシーンが追加された。ブラッド・ピットの最新作『ワールド・ウォーZ』でも、人類滅亡につながる謎のウイルスが中国から世界に広まったことに触れるせりふがカットされた。

 多くのセレブがチベットという大義に情熱を傾けている点は今も変わらない。それでも彼らの映画会社に対する影響力は薄れているのかもしれない。

 香港科技大学のバリー・ソートマン准教授は次のように指摘する。「ハリウッドには今もチベット支援に力を入れている人間がいる。例えばリチャード・ギアだ。とはいえ、一部の大手映画会社は中国に映画を売り込むことを常に計算している。だからこそ、批判をされても対応を先送りにしたがる。政治と映画ビジネスの分離が進んでいる、というわけだ」

From GlobalPost.com特約

[2013年7月23日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中