虚構を超えたヘビメタ・ドキュメンタリー
アンヴィルのようなイカれたバンドがこの世にいなければ、『スパイナル・タップ』は生まれなかった。でも『スパイナル・タップ』がなければ、ドキュメンタリーの『アンヴィル!』も作られなかったし、『オフィス』や政治風刺番組『コルバート・リポート』も生まれなかったかもしれない。
『スパイナル・タップ』は、世界初の風刺ドキュメンタリーではない(ウディ・アレンは『泥棒野郎』や『カメレオンマン』でドキュメンタリーの手法を使った)。しかし、その影響力は絶大だ。
以前の私たちはドキュメンタリーらしい映像を見ると即、事実と思い込んだ。でも今は、事実とはっきりするまで信用しない。それどころか、笑えるならどっちでもいいとさえ思っている気がする。
『スパイナル・タップ』以前のロックドキュメンタリーは、60年代初頭にフランスで生まれたシネマ・ベリテの手法で作られていた。手持ちカメラを多用し、余計な演出を排除して観客にありのままの現実を見せようとした。
でも観客が見せられる現実は、あくまで映画監督の目から見た現実。ライナーはこの手法をコピーすることで、独創性に欠けるドキュメンタリーしか撮れない監督と対象になるロックバンドを笑い飛ばした。ニュース番組の体裁を借りてお堅い識者を皮肉る『コルバート・リポート』や、俳優陣がカメラに直接語り掛けてドキュメンタリーの雰囲気を醸し出す『オフィス』も同じ発想だ。
虚構よりもイカれた現実
パロディーとはいえ、『スパイナル・タップ』はロック界の現実に限りなく近いと感じるミュージシャンは多い。「スティングは50回見たと言っていた。リアル過ぎて、泣いていいのか笑っていいのか分からないそうだ」と、ライナーは言う。
実際にあった出来事を下敷きにした場面もある。バンドのメンバーがライブ会場で迷子になるエピソードは、トム・ペティの実話から取った。ギタリストがサンドイッチのハムがパンに対して大きいと文句を言うくだりは、楽屋のキャンディー容器から茶色い粒のM&Mを抜いておけと要求したバン・ヘイレンの話が元ネタだ。
偶然の一致もあった。例えば映画公開の2週間前、ブラックサバスがストーンヘンジのセットを舞台に組んだ。「アイデアを盗んだと文句をつけてきた。バカじゃないか」と、ライナーは語る。「映画を作るのに2年かかったんだ。2年前に連中のアイデアを失敬できるわけないだろ?」
『アンヴィル!』には、『スパイナル・タップ』以上に「スパイナル・タップ的」なイカれたシーンもある。ギタリストのスティーブ・カドロー(通称リップス)とドラマーのロブは、学校で習った異端審問の拷問をヒントに曲を作ったと懐かしそうに語る。ロブは「トイレの中身」を描いたという自作の絵を見せびらかす。