最新記事

映画

ウディの新境地『それでも恋するバルセロナ』

73歳になってもウディ・アレンの陰鬱な人生観は相変わらずだが、新作は魅力的な三 角関係を描いたロマンチック・コメディー

2009年7月1日(水)15時33分
ジェニー・ヤブロフ

奔放な3人 ウディ・アレンが描く「もう1つの生き方」(左からハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、スカーレット・ヨハンソン) © 2008 Gravier Productions, Inc. and MediaProduccion, S.L.

 ウディ・アレン(73)は毎朝、バナナを7つに切り分ける。6つでも8つでも駄目。7つでないと、何か悪いことが起きる気がする。

「バナナを7つに切らなかった日に、火事で家族が全員焼け死んだとしてもただの偶然だ」と、アレンは言う。「バナナと火事は無関係だと、頭では分かる。でも自分のせいだという罪の意識に耐えられない。だから、バナナを7つに切るほうが気が楽なんだ」

 アレンは奇妙な迷信(ツキが落ちないよう撮影中は髪を切らないとか)にこだわる一方で、偶然に振り回される人生を描く作品を作り続けてきた。ジャンルはコメディー、シリアスドラマ、サスペンスにミュージカルと多彩だが、すべてに共通するのは人生は悲劇にほかならないという人生観だ。

「生きるのはつらいことだ」と、アレンは語る。もし人生哲学へのこだわり度を競うコンテストがあったら、優勝候補の本命だろう。

 でも最近は、そんな人生観に変化の兆しが見えるような気もする。パートナーだった女優ミア・ファローの養女スンイ・プレビンと恋に落ち、スキャンダルを起こしたのは90年代初め。それ以後、あまり表舞台には出なくなった。

 カーライル・ホテルのバーで定期的にクラリネットを演奏するのは以前と変わらない。映画も年に1本のペースで作り続けている。それでもメディアで大きな話題になることはなくなった。

 アレンも年を取り、11年前に結婚したプレビンと安定した暮らしを送っている。その影響で人生観が明るくなったと考えられないこともない(彼女と付き合い始めてからアレンはセラピー通いをやめた。現在、2人の間には養女が2人いる)。

 新作を見ても世界観が穏やかになったような印象を受ける。『それでも恋するバルセロナ』(日本公開は6月27日)はのどかなピクニックやガウディの建築、フラメンコギターをちりばめたロマンチックコメディーだ。

 主人公のフアン・アントニオ(ハビエル・バルデム)は自信満々の画家。生きる喜びを屈託なく発散する姿は、アレン作品のトレードマークだった不安神経症気味の男とは懸け離れて見える。

 奔放なアメリカ娘クリスティーナ(スカーレット・ヨハンソン)も、フアン・アントニオの前妻で気性の激しいマリア・エレーナ(ペネロペ・クルス)も、欲求のままに生きている。3人はやがて共同生活を始めるが、アレンは彼らの三角関係を「もう1つの生き方」として魅力的に描く。

 けれども満ち足りた晩年を迎えた姿を期待して本人に会うと、幻想はすぐに打ち砕かれる。アレンは70歳を超えた今も虚無に怯え、眠れない夜を過ごすという。徹底した無神論者でありながら、バナナの迷信は捨てられない。

揺りかごにいた頃から死を考えた

 映画を作り続ける理由は高尚なメッセージを発するためではなく、生きることの実存的恐怖から逃れるため。映画は逃避にうってつけだと、アレンは言う。「登場人物にどう苦境を乗り切らせるのか、あれこれ考えるほうが、自分がどうやって苦境を脱するか悩むよりもずっと愉快だからね」

 取材に応じてくれたのは、ニューヨークのパークアベニューにある事務所の試写室。アレンはカーキ色のパンツにボタンダウンのシャツ姿だった。やや白髪が多く、初期の作品で見せた好色そうなニヤニヤ笑いがない点を除けば、映画のイメージそのままだ。

 礼儀正しく誠実で、愛想もいい。その物腰が陰鬱な人生観と違い過ぎるので、本人の映画のパロディーを見ているような気分になる。まるで『ウディ・アレンの愛と死』に出てくる「死の天使」が気のいいおじさんの演技をしているような感じだ。

 アレンの映画には、日常の背後に潜む恐怖がたびたび描かれる。『地球は女で回ってる』には好々爺に見えて、実は自分の家族を惨殺して食べた男が登場する。『マンハッタン殺人ミステリー』に出てくる紳士然とした近所の男は、どうも妻を殺したらしい。 

 一見まともな市民が殺人願望を心に秘めているのも恐ろしいが、『ウディ・アレンの重罪と軽罪』や『マッチポイント』で描いたような人殺しが野放しになっているのも怖いと、アレンは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

司法長官指名辞退の米ゲーツ元議員、来年の議会復帰な

ワールド

ウクライナ、防空体制整備へ ロシア新型中距離弾で新

ワールド

米、禁輸リストの中国企業追加 ウイグル強制労働疑惑

ワールド

ロシア新型中距離弾、最高速度マッハ11 着弾まで1
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中