最新記事

映画

過去の罪とオスカー女優――『愛を読むひと』監督が語る

ケイト・ウィンスレットにオスカーをもたらした実力派スティーブン・ダルドリー監督に聞く

2009年6月19日(金)15時36分

アカデミー賞主演女優賞を受賞したハンナ役のケイト・ウィンスレット(左)とダルドリー ©2008 TWCGF Film Services II, LLC. All rights reserved.

 年上の女性ハンナとひと夏の恋に落ちた少年は、後にホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の裁判で彼女に再会する。ハンナは強制収容所の看守だった。そして、ハンナにはもう1つの大きな秘密があった......。

 戦争犯罪者を愛した男の苦悩を描き、世界でベストセラーになった『朗読者』(邦訳・新潮文庫)。その映画化に挑んだのが、イギリス人監督のスティーブン・ダルドリーだ。完成した『愛を読むひと』でダルドリーは今年のアカデミー賞監督賞にノミネート。ハンナ役を演じたケイト・ウィンスレットに主演女優賞をもたらした。

 舞台出身のダルドリーは演劇界でも高い評価を得ている。監督作『リトル・ダンサー』を自ら演出したミュージカルは、6月7日に発表されたトニー賞で最優秀ミュージカル作品賞を初め、10冠を獲得した。

 本誌・小泉淳子が東京で話を聞いた。


――『愛を読むひと』はたくさんの複雑なテーマを含んでいる。あなたは自身は何と定義する?

 最もシンプルな言い方をすれば、複雑な愛の物語。高度なレベルで言えば、戦後ドイツの叙事詩だ。基本的には、年上の女性と恋をした無垢な少年の話だよ。彼はその女性との関係を見つめるなかで、ドイツの過去の罪や亡霊と向き合うことになる。

 ハンナを描くに当たって難しかったのは、彼女がどれくらい自分の罪を自覚していたのか、という点だ。ハンナは刑務所にいる間に深く変化していくことになる。

――美しくて毅然としたハンナの態度に、観客は好感を持たずにいられない。ナチスを美化しているとの批判もあったようだが。

 私たちが裁判シーンの参考にしたのは、1963年にフランクフルトで行われた裁判だ。ドイツ人がドイツを裁く最初の裁判で、当時は被告をモンスターや狂人のように扱っていた。(ホロコーストを)一握りの狂った人たちが関わった異常な出来事にすることで、責任逃れをしているんだ。

 イラクにあるアブグレイブ刑務所で米兵が捕虜を虐待した事件で、ジョージ・W・ブッシュが「一部の腐ったりんご」が暴走したと語ったようにね。だがこうした人たちを怪物のように扱うのは無責任だし、実際に起きた出来事を理解するのを阻害することになる。

――ドイツは過去を克服できると思う?

 一般化はできないけれど、『朗読者』の著者であるベルンハルト・シュリンクの世代は、自分たちの親や教師が関与した現実が重しとなって「硬直」している。彼らにとっては厳しいだろう。だがその後の世代、とくに「ミー世代」は何が起きたかについては強く認識しているものの、それが感情的な足かせにはなっていない。

――ハンナ役には当初ニコール・キッドマンが候補になっていた。ニコールとは『めぐりあう時間たち』で仕事をしているが、ケイトとニコールのどちらがやりやすい?

 言っておくが2人とも大好きだよ(笑)。仕事のやり方はそれほど違わない。徹底的にリサーチして、何度もリハーサルをする。

人間的にはどうだろう。(しばし沈思)......難しいな。ニコールのほうが「もろく」てケイトは「強い」と言えるかもしれない。でもそれは仮説に過ぎなくて、2人が共に素晴らしいのは感情の幅が豊かなこと。さまざまな難しい感情にすぐに入り込むことができる。

――ニコールが演じていたらどんなハンナになったと思う?

 まったく違う映画になっただろうね。もっと「揺るぎない」ハンナになったかもしれない。

――緒に仕事してみたい俳優は?

 全員とさ! (フランスの)マリオン・コティヤールやイザベル・ユペールとはやってみたいね。アメリカ人なら、ブラッド・ピットだ。すでに話は動き出している。彼はいい役者だ。

――アメリカの俳優は嫌い?

 そんなことはない。ただ、彼らの問題はメソッド演技法(役柄の感情を追体験するなど内面を重視する方法)を信じていることだ。僕はそんなもの認めちゃいない。まあ、それを除けば問題はないよ。

――見事なダンスシーンを演出してトニー賞を受賞した。あなたはダンスする?

 まさか! まったく興味ないね。おかしなもので、人は映画には個人的なつながりがあると思うらしい。舞台ではそんなこと聞かないのに。僕は『リトル・ダンサー』でダンスを踊りたいとも、『めぐりあう時間たち』で作家になろうとも、この作品で戦争犯罪人になりたいとも思ったことはないよ。

――映画と舞台の違いはなんだろう。

 舞台では役者は1週間に8回繰り返し演じるから、映画とは異なったアプローチで役を理解する必要がある。

監督の立場で言えば、舞台はチームワーク。最初から最後まで同じメンバーで作り上げる。でも映画では、脚本家がいて、別のクルーと撮影をして、編集ではまた別の人間と仕事をする。そして映画が終わったら、こうしてホテルで1人で取材に応じるわけだ(笑)。孤独なプロセスさ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中