セックスと愛とシングルライフ
結婚にこだわるのは女?
高い評価を得てきた『SATC』だが、本当に革命的な作品だったのだろうか? 新しいタイプのドラマだったのはまちがいない。あけすけで品がなく、「女が独身でいてなぜ悪いの?」と挑発的に問いかける数少ないドラマの一つだった。
ライターで物事を深く考えるキャリー、弁護士で鋭いウイットの持ち主のミランダ、恋愛至上主義のシャーロット、性的に奔放なサマンサ――4人の主人公が、満足のいくセックスを追求する姿は新鮮だった。勇気づけられる視聴者もいただろう。
だが実際のところ、このドラマが果たした役割は問題提起だけだった。「女性がシングルでいてもいいじゃない?」という問いに対するドラマの答えは保守的なもの。シリーズ終了時、4人には夫や恋人がいた。映画版でも、キャリーと恋人のミスター・ビッグが結婚するかどうかに焦点が当てられている。
これはどうみても革命的ではない。作品のテーマは女性が独身で生きることではなく、運命の相手との出会いではないか。
映画版でもドラマ同様、4人はコミカルで辛辣、ナルシシスティックで、ブランドが大好き。彼女たちは相変わらず固い友情で結ばれている。もっとも、サラ・ジェシカ・パーカー演じるキャリーのすっぴんシーンを除いて、「革命的」な要素はない。
映画は、4人のうち独身者は1人だけになって終わる。結婚に抵抗を感じるのは男のミスター・ビッグ。結婚にこだわっているのは女だという皮肉な事態に、キャリーたちは気づかない。
ミランダはドラマの最終シーズンで善良なスティーブと結婚したが、そのスティーブに浮気をされてしまう。この映画に奥行きを与えているのは、夫の浮気に直面したミランダの心の揺れだ。
『SATC』は、女性のアイデンティティーにセックス、愛、男性は不可欠なのかという疑問に答えてくれる作品ではない。それでも、主人公4人のうち1人くらいは、仕事や研究、援助活動などに人生の意味を見いだしてもよかったのではないか。
女性が愛や性欲について考えだしたのは、はるか昔のことだ。結婚には愛が不可欠だという考えは、18世紀の啓蒙主義の時代に生まれた。以来、結婚の相手や時期に関する選択の幅が広がり、その結果、結婚という制度は不安定になった。
歴史学者ステファニー・クーンツによれば、1800年代には、ロマンチックな愛への憧れが高まったため、夫選びについて悩む女性が増えたという。「理想的な夫でなかったらどうしよう」という不安に駆られたのだ。
現代の女性も同じ不安をいだいている。シングルの女性は多くを望みすぎるのだろうか?
18世紀には、「惨めな結婚より独身がいい」という言葉が生まれたが、実践する女性はほとんといなかった。結婚しない女性は「オールドミス」などと呼ばれてからかわれたりした。