最新記事
教育

養老孟司が「景気のいい企業への就職」より「自分の財産を持て」と語る真意

2024年7月29日(月)12時25分
養老 孟司 (解剖学者、東京大学名誉教授) *PRESIDENT Onlineからの転載

【「財産とは自分の身に付いたものだ」】

この人はもう古い人ですが、ウィーン生まれで、お父さんはオーストリアの貴族でした。何が起こったかというと、第一次世界大戦が起こりまして、ご存じのようにオーストリア・ハンガリー帝国というのが分解してしまいます。今の小さなオーストリアになっちゃった。そしてセリエのお父さんは、自分が先祖代々持っていた財産を失います。


 

それで亡くなるときに、息子に言う。それが、財産とは自分の身に付いたものだ、ということなんです。お金でもないし、先祖代々土地を持っていたって、そういうことがあれば結局なくなってしまう。だけれども、もし財産と思えるものがあるとすれば、それは墓に持っていけるものだと。

お墓に持っていけるものというのは自分に身に付いたものです。家も持っていけません。土地も持っていけません。お金も持っていけないですが、自分の身に付いた技術は墓に持っていける。だからそれが自分の財産だと。

【若者がポジションに執着するのは気の毒】

そういうふうな非常に強い社会的な変化を受けて生きてきた人は、みんな同じことを言うみたいで、考えてみるとうちの母もそうなんですね。戦争を経験していますし、関東大震災も通っていますし、そういうところを通っていますと、やっぱり財産というのは身に付いたものと考えるようです。

今の若い人はよくお金のことを言うんですが、そうじゃなくて自分の身に付いたものだというのは、極端な状況を通らないとなかなか悟らないことです。セリエのお父さんが墓に持っていけるのが自分の財産であると言っていたように、やっぱり身に付いたものが財産であると。

現代の状況を見ていますと、若い方は全然違うことを考えているような気がしないでもないですね。僕は大学に長いこといましたから、率直に申し上げますが、例えば大学で中堅どころ、20代、30代の人が何を考えているかというと、いかにして自分のポジション、社会的な位置を確保するかということをいつも考えています。これは気の毒だなと思っていました。

私のころは、そんなことは考えませんでした。解剖をやったのはなぜかといいますと、医学部を出て解剖なんかやったら食えないよというのが世間の通り相場で、食えないところで何とか生き延びているんですから、それだけでありがたいと思っていたわけで、これ以上どうとかということを考えないで済んでいました。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中