【影響力を上げる】「個人でできることは限られている」...とは限らない、と教えてくれる1冊

たったひとりの想いが、社会を動かした/※写真はイメージです(geralt|pixabay)
<実現したい強い想いがある。しかし、周囲を巻き込む必要がある。挫けそうな心を立て直し、課題を解決するためのヒントを社会活動家に学ぶ>
2010年のクリスマス、群馬県前橋市の児童相談所に「伊達直人(だてなおと)」を名乗る人物から10個のランドセルが届けられた。「伊達直人」とは、言わずと知れた漫画『タイガーマスク』(梶原一騎 原作、辻なおき 作画)の主人公。「タイガーマスク」としてリングに立ち、試合で得たファイトマネーを孤児たちに送るヒーローである。
ヒーローの名を借りた匿名の個人からのランドセル寄贈の出来事は、瞬く間に全国ニュースとなり、全国各地に賛同者が現れ始めた。匿名の個人による児童福祉施設への寄付活動が相次いだのだ。それはやがて「タイガーマスク運動」と呼ばれるようになり、社会に定着した。
『影響力を上げる タイガーマスク運動を始めた人の「つなぐ力」』(CCCメディアハウス)は、「伊達直人」の名を借りてランドセルを寄贈した張本人である河村正剛氏が、社会を動かすきっかけとなった思考と行動の背景を明かす一冊である。
偏見にさらされた子ども時代の経験を生かす
本書は、著者の壮絶な生い立ちから始まる。子どもたちの力になりたい。その想いは、自身の生い立ちと無縁でないからだ。著者は3歳で母を亡くし、父からは「お前はおれの子じゃない」と告げられ、中学卒業と同時に一人暮らしを始めることとなった。
病床にあった祖父が、かろうじてアパートを手配してくれたが、働かなくては高校を卒業できない。しかし、当時の履歴書に設けられていた「家族構成欄」を埋めることができなかった。身元保証人がいない状況では、アルバイトの仕事に就くことが難しい。
結果として、著者は「家族構成」を問われない日雇いの建設作業員として職に就き、高校を卒業する。苦学をしながら痛感したのは、社会には保護者がいない未成年者への偏見が存在しているということだった。そしてその逆境から、貴重な教訓――「人には人の前提がある」という認識を得て、人との関わり方について独自の感性を培っていった。その人の環境や状況ではなく、その人の本質を見よう、と。
この経験は後に、著者の営業マンとしての成功、そして社会活動家としての基盤となっていく。
「伊達直人作戦」には緻密な戦略があった
本書の中核をなすのは、いわば「伊達直人作戦」とも言える著者の戦略的行動だ。匿名の「伊達直人」として児童相談所にランドセルを寄付したのは、単なる善意からではなく、社会を動かすための周到な仕掛け、つまり社会の注目を集める工夫だったという。具体的には、
◎ 寅年のクリスマスに現れた「伊達直人(タイガーマスク)」というタイミング
◎ 社会の意思決定層である50代にとりわけ響く「タイガーマスク」という記号の選択
◎ 役所の記者クラブという既存システムの活用(児童相談所の職員は公務員という事実に注目)
マーケティングの観点から見ても見事な戦略性が光っている。そして一見、突飛に見えるこの行動は、著者の自己顕示欲によるものではなかったというのも重要なポイントだ。この行動には、「あまり知られていない社会的養護の現状を可視化し、支援の必要性を社会に向けて訴える」という明確な意図があったのだ。