最新記事
BOOKS

【影響力を上げる】「個人でできることは限られている」...とは限らない、と教えてくれる1冊

2025年3月6日(木)11時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部
社会の人々

たったひとりの想いが、社会を動かした/※写真はイメージです(geralt|pixabay)

<実現したい強い想いがある。しかし、周囲を巻き込む必要がある。挫けそうな心を立て直し、課題を解決するためのヒントを社会活動家に学ぶ>

2010年のクリスマス、群馬県前橋市の児童相談所に「伊達直人(だてなおと)」を名乗る人物から10個のランドセルが届けられた。「伊達直人」とは、言わずと知れた漫画『タイガーマスク』(梶原一騎 原作、辻なおき 作画)の主人公。「タイガーマスク」としてリングに立ち、試合で得たファイトマネーを孤児たちに送るヒーローである。

ヒーローの名を借りた匿名の個人からのランドセル寄贈の出来事は、瞬く間に全国ニュースとなり、全国各地に賛同者が現れ始めた。匿名の個人による児童福祉施設への寄付活動が相次いだのだ。それはやがて「タイガーマスク運動」と呼ばれるようになり、社会に定着した。

『影響力を上げる タイガーマスク運動を始めた人の「つなぐ力」』(CCCメディアハウス)は、「伊達直人」の名を借りてランドセルを寄贈した張本人である河村正剛氏が、社会を動かすきっかけとなった思考と行動の背景を明かす一冊である。

偏見にさらされた子ども時代の経験を生かす

本書は、著者の壮絶な生い立ちから始まる。子どもたちの力になりたい。その想いは、自身の生い立ちと無縁でないからだ。著者は3歳で母を亡くし、父からは「お前はおれの子じゃない」と告げられ、中学卒業と同時に一人暮らしを始めることとなった。

病床にあった祖父が、かろうじてアパートを手配してくれたが、働かなくては高校を卒業できない。しかし、当時の履歴書に設けられていた「家族構成欄」を埋めることができなかった。身元保証人がいない状況では、アルバイトの仕事に就くことが難しい。

結果として、著者は「家族構成」を問われない日雇いの建設作業員として職に就き、高校を卒業する。苦学をしながら痛感したのは、社会には保護者がいない未成年者への偏見が存在しているということだった。そしてその逆境から、貴重な教訓――「人には人の前提がある」という認識を得て、人との関わり方について独自の感性を培っていった。その人の環境や状況ではなく、その人の本質を見よう、と。

この経験は後に、著者の営業マンとしての成功、そして社会活動家としての基盤となっていく。

「伊達直人作戦」には緻密な戦略があった

本書の中核をなすのは、いわば「伊達直人作戦」とも言える著者の戦略的行動だ。匿名の「伊達直人」として児童相談所にランドセルを寄付したのは、単なる善意からではなく、社会を動かすための周到な仕掛け、つまり社会の注目を集める工夫だったという。具体的には、

◎ 寅年のクリスマスに現れた「伊達直人(タイガーマスク)」というタイミング
◎ 社会の意思決定層である50代にとりわけ響く「タイガーマスク」という記号の選択
◎ 役所の記者クラブという既存システムの活用(児童相談所の職員は公務員という事実に注目)

マーケティングの観点から見ても見事な戦略性が光っている。そして一見、突飛に見えるこの行動は、著者の自己顕示欲によるものではなかったというのも重要なポイントだ。この行動には、「あまり知られていない社会的養護の現状を可視化し、支援の必要性を社会に向けて訴える」という明確な意図があったのだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領「自身も出席」、日本と関税・軍事支援

ワールド

イランのウラン濃縮の権利は交渉の余地なし=外相

ビジネス

タイ、米国産LNGの輸入拡大を計画 財務相が訪米へ

ワールド

英平等法の「女性」は生物学的女性、最高裁が判断
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ印がある」説が話題...「インディゴチルドレン?」
  • 4
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 6
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    投資の神様ウォーレン・バフェットが世界株安に勝っ…
  • 7
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    まもなく日本を襲う「身寄りのない高齢者」の爆発的…
  • 10
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 7
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中