自ら考える部下の育て方は「日本一オーラのない監督」が知っていた
オーラを放っていたり、カリスマ性が突出していると、周りは勝手に天才的リーダー像を描いていく。一つひとつの言動に重みが増していけばいくほど期待が高まり、小さな失敗も許されないような雰囲気が作られていく。リーダーは全ての分野において、組織の中でトップでなければならないといった神話が組織の中で展開されることも少なくない。もちろん、本当に優秀なリーダーはそうした周りからの期待をエネルギーに換え、成功体験を積み上げていくだろうが、必ずしも誰もができるわけではない。
私の場合、オーラがなく、カリスマ性もないので、そもそも周りからの期待値が低い。だから、ときに馬鹿にされたり、文句も言われるが、無理に背伸びする必要もないことがとても心地よい。ハードな練習メニューを提示して、不機嫌そうに「チェ!」と舌打ちをされたり、「エー、まじ?」と思わずタメ口で反論する学生がいても、あまり気にならない。そこに、大人の礼儀を持ち出して、言葉遣いのうんちくを述べても意味があるとは思っていない。それよりは、グラウンドを離れたとき、そんな一世代違う学生やスタッフと部屋で普通に雑談をしながら、ときにいじられたりするのも楽しいひとときである。
そのため、私の指導方針にはオーラというものは、むしろない方が都合のよい存在なのである。
※第2回:期待に応えず、他人に期待しないほうがうまくいく理由
『【新版】リーダーシップからフォロワーシップへ
――カリスマリーダー不要の組織づくりとは』
中竹竜二 著
CCCメディアハウス
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