組み立てが大変なイケアの家具は満足度が高く、時短になる簡単ケーキミックスは売れなかった理由
このチェストの組み立てが楽しかったとは、とてもいえない。
ところが、ようやく作業が完了すると、私のなかで不思議なことが起きた。
自分の仕事ぶりに対して、とてつもない満足感を覚えたのだ。
自宅には、もっと値段が高くてはるかに高級なつくりの家具がいくつもあるにもかかわらず、自分がそれらの家具よりも子どもたちのイケアのチェストを、より一層愛着を込めてしょっちゅう眺めていることに気づいた。
そういった意味では、私は典型的な不合理人間だ。
研究仲間のマイケル・ノートン教授(ハーバード大学経営大学院)、ダニエル・モション教授(テュレーン大学経営大学院)とともに調べた結果、私がイケアの家具に対して抱いた感覚は、実は多くの人々に共通するものであり、しかもとても強力なものであることが判明した。
そうして、私たちはこの発見を「イケア効果」と命名した。
ケーキミックスのパラドックス
今日では、イケアが「商品を購入すること」と「自分でつくること」を結びつける場となっている。だが「自分で組み立てる」というコンセプトは、決して新しいものではない。
外に働きに出る女性がまだ少なかった1940年代当時、P・ダフ&サンズ(ダフ社)というアメリカのある企業が、焼き菓子の材料業界に一大革命を起こした。
そのイノベーションとは、箱入りのケーキミックスだった。
これを使えば主婦は毎回、卵、砂糖、小麦粉を量る代わりに、ミックスの粉に水を加えて混ぜるだけですむようになる。そして180℃のオーブンに30分入れておけば、ケーキが焼ける。
これはかつてないほど簡単で、時間節約にもなる画期的な商品だった。
だがそれゆえに、まったく売れなかったのだった。
どうやら、家庭でケーキを焼く主婦たちは、あまりに簡単につくれてしまうことが気に入らなかったようだ。
ダフ社のケーキミックスでつくるケーキは、十分に美味しかった。問題は、それをつくるための労力や複雑な手順が、まったく必要ないという点だったのだ。
ダフ社の調査の結果、主婦たちには「水を加えるだけのミックス」でつくるケーキと店で買うケーキとの差が、ベーキングシートほどの薄いものにしか感じられないことが明らかになった。
家でケーキを焼く主婦たちにとって、このケーキミックスでつくるケーキは「本物」ではなかった。少なくとも、自分の手でつくったものには思えなかったのだ。
そこにかけられる手間や、発揮できる技があまりに少なすぎて、自分の手づくりだと自信をもって言うことなど到底できなかったということだ。
ではその後、ケーキミックスはどうなったのだろうか?
ダフ社は、コンセプトづくりに戻って再考した。そこで出た答えは直感に反していたが、発想は実に単純だった。要は、「ケーキづくりを難しくする」ということだ。生まれ変わった新しいケーキミックスでは、卵、油、牛乳が別途必要だったのだ。