最新記事
日本航空

羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

Miracle at Haneda: How a Focus on Safety Culture Enabled the Great Escape

2024年5月15日(水)18時36分
エリック・ミクロウスキ(米プロプロ・コンサルティングCEO兼社長)

海保機と衝突した翌日、焼け焦げた姿を表した日本航空のエアバスA350機(1月3日、羽田空港) REUTERS/Issei Kato

<1月2日に羽田空港で起きた航空機衝突事故で、日航機の乗員乗客が全員脱出するという奇跡が起きた。奇跡を可能にしたのは、39年前のジャンボ機墜落の悲劇を心に刻み続けた日本航空の非凡な取り組みだ>

2024年1月2日、日本航空(JAL)516便は羽田空港に着陸中、滑走路で海上保安庁の航空機と衝突し、両機は即座に炎上した。事故調査は現在も進行中だが、エアバスA350型機の乗客367名と乗員12名全員が無事に避難できたことは、時間的余裕がなく、多くの出口が使用できなかったことを考えれば、奇跡だと多くの人が考えている。

【動画】羽田空港衝突事故の緊迫映像から「日航の奇跡」を振り返る

結局のところ、着陸時のスピードで衝突すれば、どんな航空機もその衝撃に耐えることは難しい。今回の日航機とは対照的に、2019年に起きたアエロフロート・ロシア航空の事故では、着陸時に飛行機が炎上し、乗客73人のうち41人が死亡した。1980年には、サウジアラビアの航空機でパイロットが避難誘導に手間取ったため、301人が煙を吸い込んで命を失った。

 

日航機のケースは大いなる偉業だったが、これを単なる奇跡で片付けるとしたら、日本航空が長年にわたって優先的に築き上げてきた安全文化と、パイロットおよび客室乗務員の迅速かつ果断な行動を著しく過小評価している。

今回の奇跡は、過去の失敗を認め、従業員に永続的で強い責任感と義務感を植え付けた日本航空の取り組みの成果だった。そして、それは将来の大事故の発生を防ぐための安全文化への投資と組織としての深い学びに投資した効果を、リスクの高い多くの業界に対して示す機会となった。

日本航空が守った深い学び

残念なことに、鉱業、石油・ガス、化学、製造、水道、電気といった分野の多くの産業は、深刻な、時には壊滅的な事故を免れることはできない。だがほとんどの場合、事故から学んだことを記憶することに意図的に重点が置かれているわけではない。さらに、組織が事故を軽視し、深い感情を伴う学びの可能性を制限しているケースもある。

1985年、日本航空の航空機は群馬県の高天原山に属する尾根に墜落した。飛行開始12分後に深刻な構造上の故障と油圧の喪失が発生し、乗員乗客524人のうち520人の命が奪われた。この墜落事故は、航空史上最悪の単独航空機事故となった。

調査の結果、日本航空に責任はなく、ボーイング社の技術者による修理の欠陥が原因であることが判明したが、日本航空は2度とこのような悲劇を起こさないことを誓った。組織として強い当事者意識と責任感を抱き、集団で学ぶ機会とした。

事故の記憶がないまま入社する社員が多くなってきたことから、日本航空は、「安全運航の重要性を再確認し、この事故から学んだ教訓を胸に刻むため」に、2006年に安全啓発センターを開設した。展示室には、墜落機のコックピットのボイスレコーダー、乗客の所持品、破損し、焼け焦げた座席などの残骸、墜落直前に乗客が描いた大切な人へのメモなどが展示されている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏「黒海・エネルギー停戦即時発効」、ロ

ワールド

ロシア大統領府、黒海の安全航行確保などの合意を確認

ワールド

ウクライナ、米仲介の対ロ停戦合意を支持=国防相

ワールド

米アップル、ブラウザー巡るEUの制裁金を回避の見込
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 10
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 6
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中