最新記事
日本航空

羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

Miracle at Haneda: How a Focus on Safety Culture Enabled the Great Escape

2024年5月15日(水)18時36分
エリック・ミクロウスキ(米プロプロ・コンサルティングCEO兼社長)

おそらく最も感動的なのは、図書室に置かれた日本航空の全社員が記入した安全誓約のメッセージカードだろう。社員たちは、このセンターで体験したことは強烈で、安全対策の不備がもたらす結果を深く示していると語っている。開設直後の3年間で7万4000人がセンターを訪れ、その40%は外部からの訪問者だった。当センターの資料は、全従業員の新入社員研修でも使われている。

日本航空の社員は全員、「安全憲章」を印刷したカードも携帯している。これは、安全のプロとしての責任の背後にある心と使命を視覚的に思い起こさせる効果がある。日本航空は、この事故から学んだ教訓を組織の根幹に組み込み、失われた人命の記憶と安全の重要性の大きさを常に前面に押し出している。同社はこうした工夫を、標準的な業務手順を守り、すべてを正しく行うことを中心とした非常に強固な企業文化を構築するための手段として活用している。

 

この組織的な取り組みの証として、日本航空の機内で流される安全ビデオは、他社のビデオよりもはるかに踏み込んだ内容となっている。緊急時には手荷物をすべて置いていくことの重要性を強調し、ルールに従わない場合の深刻な影響を説明している。

これとは対照的に、ほとんどの航空会社はこの点をかなり軽く取り上げている。最近の緊急避難事例でも多くの乗客が機内持ち込み手荷物を緊急脱出スライドに降ろし、避難の妨げになったことが確認されている。今年初めの羽田の事故の際、乗員乗客全員が無事に脱出できたのも、この点が重要な要素になったのかもしれない。

深い学びを業界全体に

リスクの高い業界における安全の重要性を考えると、今回の羽田の事故は、たとえ事故がなくても、安全文化に継続的に投資し、組織的な学びを根付かせることの重要性を強く思い起こさせる。結局のところ、過去の出来事から学ぶことが、将来のエラー発生を防ぐ最善の方法なのだ。

だが日本航空のアプローチに見られるように、深く、感情に踏み込む学習は、多くの組織にとって容易でも快適でもない。間違いを認め、失敗に立ち向かい、責任のリスクに身をさらす必要があるかもしれない。

また、これまで当然とされてきた既存の前提、規範、ルーチンに疑問を投げかける必要もある。だが、今回の羽田の事故を見ればわかるように、このような課題に取り組むことの利点は、学ぶ内容を制限することによるコストを上回ることが多い。

残念ながら、事故から学ぶというときに、それが表面的なものに留まることは少なくない。大惨事が発生した当時に組織にいた人々は、将来の発生を防ぐために何をすべきかを学んだかもしれないが、そのような組織的知識は、10年以上経つと失われてしまうことが多い。

私は、何年も前に重大な事故が起きた組織で話をしたときに、そこから得た具体的な教訓を覚えている従業員がほとんどいなかったという経験を何度かしている。それどころか、事件からほんの数年後でさえ、将来の事件発生を防止する方法をほとんどの人が理解していない組織も多い。

40年近く前の事故の記憶を忘れないことによって「羽田の奇跡」を可能にしたと思われる日本航空のように、歴史的な出来事を、世代を超えて記憶する企業はあまりにも少ない。組織としての学びを可能にするために、あなたは何をしているだろうか。

20250204issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月4日号(1月28日発売)は「トランプ革命」特集。大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で、世界はこう変わる


※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

サムスン、第1四半期のAI半導体低迷を警告 米の対

ワールド

ガザ検問所に米退役軍人配置へ、イスラエル・アラブ諸

ワールド

米レーガン空港、ヘリとのニアミス事案頻発 80年代

ビジネス

コマツ、今吉専務が社長就任へ 小川社長は会長に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 8
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 9
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中