10年赤字の老舗和菓子屋を変えた6代目は元ギャル女将 「溶けない葛粉アイス」など映える新作で起こした奇跡
「五穀祭菓をかの」6代目の榊萌美さん 撮影=筆者
埼玉県桶川市に、ユニークな菓子作りで注目を集める老舗和菓子店がある。両親から店を継いだ榊萌美さんは、発案した商品をヒットさせ、10年続いた赤字を黒字に変えた。「元ギャル」だったという6代目女将・榊さんの素顔を、フリーライターの川内イオさんが描く――。
実家の和菓子店を継いだ「6代目女将」が見た天国と地獄
2020年4月26日から3カ月間に起きたことを、榊萌美(さかきもえみ)は一生忘れない。
埼玉県桶川市に3店舗を構える、創業1887年(明治20年)の老舗和菓子店「五穀祭菓をかの」6代目の榊は、その日を心待ちにしていた。榊のアイデアで開発したポップな葛粉のアイス「葛きゃんでぃ」を1年半前に紹介してくれたテレビ番組が、「お取り寄せもできる中山道の新名物ベスト5」というコーナーで、もう一度、取り上げてくれるという連絡をもらっていたのだ。
放送時間になり、自宅で父母と番組を観ていた榊は仰天した。ランキング形式の構成で、まさかの1位。その瞬間から店の電話が鳴りやまず、ネットショップにもアクセスが殺到し、1日も経たないうちに2500件の注文が入った。
それだけの量の注文を一度に受けたことなどなく、「これは大変なことになった......」というのが、家族一同の感想だった。店舗の商品を切らすわけにはいかないから、職人は普段の業務と並行して膨大な葛きゃんでぃを作ることになり、店のスタッフも配送作業に追われた。その過程でミスが頻発し、苦情のメールや電話が止まらない。榊個人もSNSで誹謗中傷に晒された。
この騒動の渦中、「俺はアイスを作るためにここにいるんじゃない」と職人を含む3人の従業員が店を辞めた。自分の責任だとショックを受ける榊に追い打ちをかけたのが、知人からの厳しい一言だった。
「お前が思いつきで始めたこと(葛きゃんでぃ)のせいで、みんな嫌な思いしてんだよ。お前は知識もなくて頭も悪いし、女は年取ったら価値がなくなるんだから、今のうちに金持ち捕まえて結婚しとけ」
今思えば、あまりの混乱ぶりを見かねて思わず出てしまった言葉だとわかるが、当時の榊には受け止めきれなかった。それからは、毎日気づけば涙が出ているという状態になった。
思いがけぬ「ありがとう」の言葉
「もうやめたい。ぜんぶ捨てたい」
そう思い始めていた、8月のある日。「をかの」に葛粉を卸している問屋が訪ねてきて、榊に「ありがとうございました!」と頭を下げた。驚いて「え、なにがですか?」と問い返すと、問屋は何度も頭を下げながら、こう続けた。
「テレビで『をかの』の葛アイスが注目されたおかげで、いろいろなお店で作るようになったんです。コロナで注文がなくなってどうしようと思ってたけど、これで命がつながりました」
この瞬間、土砂降りの曇天に一筋の晴れ間がさすように、榊の胸のうちがスッと軽くなった。
「私のせいでたくさんの人を傷つけたと思ってたけど、救われた人もいるんだ。よかった......」
前向きな気持ちがよみがえった榊は、決心する。
「よく考えたら、コロナ禍でこんなに売れるのってめちゃいいことじゃん。今回、悲しいことになったのは私の力不足だから、次に同じようなことがあったら、みんなで笑えるようにしよう」
リングに倒れ、ノックアウト寸前だったボクサーがロープをつかんで立ち上がるように、6代目は挽回を誓った――。