「敵は炭素、内燃機関ではない」 トヨタがこだわる水素エンジンの現実味は
早川氏は自動車業界が現在直面している技術的な選択を、直流送電か交流送電かを巡って争った19世紀後半の「電流戦争」になぞらえる。環境車開発には巨額の投資が必要で、賭けに負けた際の代償は大きい。「結局、今は直流と交流の両方が併存している。多様なアプローチで問題解決にあたることが、まさに今、ヒントになる」。
自動車調査会社カノラマの宮尾健アナリストは、「自動車産業が目指しているのはあくまでもカーボンニュートラルの世の中であり、EVの普及ではない」と指摘。「脱炭素燃料の普及が早ければ、EVブームは終了する可能性がある」と予想する。
大規模な人員削減が政治的に困難な日本では、水素やバイオなど代替燃料の魅力はEVへ完全に移行するより混乱が少ないことだ。日本自動車工業会によると、550万人が国内の自動車産業に従事している。
トヨタ以外にも水素を燃料に発電し、モーターを回して走る燃料電池車の開発に力を入れるメーカーはあるが、内燃機関を活用する水素エンジン技術に意欲的なところは少ない。
EVの弱点、水素の弱み
発電所で作られた電気を使って走るEVは、石炭火力から太陽光まで、各国の電源構成によって全体の温暖化ガス排出削減量が左右される弱点がある。一方の水素エンジンも完全に脱炭素を実現できるわけではない。排出するのは水素と酸素を燃焼させた副産物としての水だが、エンジンオイルが燃焼する際にごくわずかな二酸化炭素も出る。排ガスには微量の窒素酸化物も含まれる。
水素エンジン車には大型のタンクも必要だ。トヨタの水素エンジン車は後部座席やトランクの大部分が水素のタンクで占められ、後部の窓を塞いでいた。
日本政府は脱炭素を目指す電源構成の重要な要素として、水素燃料を支持している。しかし、1カ所約4億円の建設費用がかかる水素ステーションの普及は遅れている。政府は今年3月末までに160カ所の設置を目指していたが、8月末時点でも目標に6カ所届いていない。
IEAは今月出した報告書で「水素は有望な低炭素の輸送燃料としてみられてきたが、輸送燃料の構成の1つとして定着するには難しい状況が続いている」と指摘した。
燃料インフラが十分に整備されたとしても、航続距離、販売価格、維持費などの面でガソリン車やEVと競争できる車両を製造する必要がある。トヨタは水素エンジン車の量産時期はまだ言える段階にないとしている。技術は前進しているものの、市販化するには品質や安全性などまだ確認すべきことが多いという。
香川県からレースを観戦しに訪れていた57歳の男性は、「選択肢がたくさんあることはいいと思う」と話す。「すべてEVになったら、その産業の多くが中国勢に占められてしまう」。
(Tim Kelly、白木真紀 編集:Gerry Doyle、Emelia Sithole-Matarise、久保信博)
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