最新記事

THE GLOBAL ECONOMY 2018

異次元緩和に4つの問い 中央銀行は今年「正念場」を迎える

2018年1月11日(木)12時13分
ラグラム・ラジャン(前インド準備銀行総裁、シカゴ大学教授)

異次元緩和の効果はあったか

そこで2つ目の問いだ。異例の金融政策は果たして有効だったのか。

市場の安定に関しては、答えはイエスだ。確かに一定の効果はあった。潤沢な資金でひたすら国債などを買い続けたのもいいし、中銀が後ろ盾となり必ず市場を機能させると宣言したのもいい。ユーロ圏で弱小国の国債利回りが破滅的な水準まで上がった時も、12年7月にマリオ・ドラギ欧州中央銀行総裁が「(ユーロを守るために)必要なことは何でも」やると宣言すると、国債価格の下落はぴたりと止まった。

しかしインフレ目標の達成という点で、答えは(少なくとも今の時点では)ノーだ。イギリスはEU離脱問題でポンド安に見舞われ、その流れでインフレが進んだが、それはイングランド銀行の金融政策の結果ではない。

アメリカのFRB(連邦準備理事会)は2%のインフレ目標達成の寸前まで来ているが、まだ到達できていない。その他の国の中銀はまだ目標を大きく下回っている。

もちろん目標達成は時間の問題だと当局者は答え、政策効果でインフレ期待は崩れていないと主張するだろう。確かにそうかもしれない。インフレ目標を決して下ろさないという中銀の強い決意を示したことが効いたかもしれない。しかし低インフレの理由は別にあるかもしれない。

異例の金融緩和が長期金利に直接の影響を与えてきたという証拠もない。効果の程について証拠はまちまちだ。期間と範囲を限ってみれば、それなりの効果を確認できる政策もある。だが広範囲で長期の影響を見極めることは難しい。例えば、FRBが米国債を買い続ければ、米国債にはその影響が出る。しかし、その他の債券類への影響は測り難い。

では、異次元緩和をやめた場合の影響はどうか。市場の期待を醸成する政策の良い点は、結果が前倒しで表れることだ。13年の「テーパー・タントラム」現象はその一例と言えよう。FRBが量的緩和の縮小と利上げに踏み切るとの観測が高まると、金融市場は動揺し、すぐに長期金利が上昇した。

その後、市場は落ち着きを取り戻したが、本当に政策転換をした場合に、金融資産の価格に異次元緩和が与えてきた影響が反転するかどうかは分からない。これから各国中銀がバランスシートの縮小に動けば、長期債券は市場に戻ってくる。そうなると各種債券の発行者は市場で民間の買い手を探さなければならないが、民間投資家の側には積極的に債券を買うだけの資金が潤沢にある。そうして資産の交換が行われれば、長期金利は緩やかに上昇するだろう。しかし市場に動揺があれば、かなり急激な金利上昇もあり得る。

今のところFRBはバランスシートの正常化を緩やかに進めると示唆しており、市場もこれを好感しているようだ。実際にFRBが放出した長期債券が順調に市場で消化され、債券価格に大きな変動もなく、長期金利も小幅な上昇にとどまることを望みたい。

【参考記事】ビットコインに未来はない、主犯なき投資詐欺だ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中