最新記事

THE GLOBAL ECONOMY 2018

異次元緩和に4つの問い 中央銀行は今年「正念場」を迎える

2018年1月11日(木)12時13分
ラグラム・ラジャン(前インド準備銀行総裁、シカゴ大学教授)

イギリスの中央銀行も約10年ぶりの利上げで緩和縮小に舵を切った Simon Dawson-Bloomberg/Getty Images


0116cover-150.jpg<ニューズウィーク日本版1月10日発売号(2018年1月16日号) は、「好調」な世界経済の落とし穴を、ノーベル賞経済学者らが読み解く「THE GLOBAL ECONOMY 2018」特集。ジョセフ・スティグリッツ(ノーベル賞経済学者)、アンガス・ディートン(ノーベル賞経済学者)、モーリス・オブストフェルド(IMFチーフエコノミスト)、ローレンス・サマーズ(元米財務長官)、カイフー・リー(グーグル・チャイナ元総裁)、ダニエル・グロー(欧州政策研究センター所長)、エドマンド・フェルプス(ノーベル賞経済学者)らが寄稿するこの特集から、各国が脱ゼロ金利政策へ向かう今こそ金融政策の効果を自己評価せよと論じる記事を転載>

2008年の世界金融危機以降、先進諸国の中央銀行は通常の金融政策を放棄し、それぞれに異例な対応を試みてきた。いわゆる「フォワード・ガイダンス」で、これからは低金利の時代が長く続くぞというメッセージを伝えもした。その目標を達成するために長期資金供給オペもやり、量的緩和もやった。

それだけではない。マイナス金利も導入したし、常に独創的な政策を追求する日銀に至っては、インフレ目標の代わりに長期金利の目標値を持ち出しもした。露骨に為替レートの目標値を設定するような、異端だが意外ではない手を打った中銀もある。

それでも今は、主要国の中銀が軒並み金融政策の正常化に動いている気配だ。そうであれば、私たちはここで立ち止まり、過去10年間の異次元の金融政策は本当に必要だったのか、それは実際に機能したのかを問うてみるべきだ。異次元緩和をやめた場合にどんな影響が出るか、中銀の独立性に対する懸念は出ないかについても検討すべきだ。そうしてこそ、各国中銀は将来の金融危機に備えることができる。

さて、異次元の政策対応は必要だったのか。08年の危機で金融市場が崩壊したのは事実だ。ひどい信用収縮で市場から貸し手が消えた以上、アメリカの住宅担保債市場であれヨーロッパの国債市場であれ、金融市場を安定させるためには各国中銀が異例の介入をするしかなかった。

しかし中銀の介入には、国債の利回りや株価を動かしたいという思惑もあった。これは危険な目標だった。そもそも中銀は政策金利を上下させることで間接的に債券価格を動かすが、直接の介入はしないものだ。しかし政策金利が限りなくゼロに近づいてしまうと、中銀は長期債券の価格をダイレクトに動かす必要を感じた。そして国債などを買いあさることで、その効果が他の証券市場にも広がることを期待した。

こうした介入には中銀の本気度を見せつける意味もあった。つまり、国債を買い続けるという発表は、その期間中は金融引き締めに転じないと宣言するのと同じだった。表向きの説明がどうあれ、それで「低金利が長く続く」というメッセージは確実に伝わった。

もちろん各国中銀は、こうした意図を引き合いに出して強引な(つまり異次元の)金融政策を正当化してきた。だが一国の中央銀行に身を置いていた人間として、筆者はもう1つの理由を指摘しておきたい。誰も認めたがらないが、各国中銀は「インフレ目標」に縛られて身動きできないのだ。

中銀がインフレ率の目標値を掲げるようになった80~90年代には、誰もが目標値まで下げることを意識していた。まさか目標値まで上げることが問題になろうとは、誰も思っていなかった。これは想定外のこと。どうすればいいか誰も分からないまま、インフレ目標を取り下げることもできずにきたのが現実だ。

現に日銀は、もう15年ほど前から消費者物価を押し上げる努力を続けている。各国中銀は物価の引き上げくらい簡単だと信じていたが、気が付けば自分の国も低インフレにあえぐ時代を迎えていたのだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震、死者1700人・不明300人 イン

ビジネス

年内2回利下げが依然妥当、インフレ動向で自信は低下

ワールド

米国防長官「抑止を再構築」、中谷防衛相と会談 防衛

ビジネス

アラスカ州知事、アジア歴訪成果を政権に説明へ 天然
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 9
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 10
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中