起業家が起業家を救うエンジェル投資
起業家が資金を出し合うことも
しかも新興企業では、高額報酬に代わってストックオプション(自社株購入権)が主流になり、開業コストは数百万ドルから数十万ドルに下がった。おかげでファウンダー・コレクティブのような小規模ファンドも大々的に参入できるようになった。
ディクソンがファウンダー・コレクティブの創立を思い付いたのは08年。彼は当時、写真共有サイト「フリッカー」の共同創設者カテリナ・フェイクと共に、ユーザーの嗜好を分析してその人に合った商品やライフスタイルを推奨するサイト「ハンチ」を始めようとしていた。フェイクはフリッカーを05年にヤフーに売却して大儲けし、エンジェル投資に手を出していた。
資金を出し合えば、ほかにどれだけのベンチャーの設立を支援できるだろうか。既存のひと握りの企業に何百万ドルも投資するのではなく、それこそ紙ナプキンに書き留めたアイデアも含めて、まだスタートさえしていないような数社に何万ドルかずつ投資したい......。
そう考える起業家は彼らだけではなかった。アフリカ最大のネット接続サービスプロバイダを始めたデービッド・フランケル、カレッジユーモア・ドットコム(06年にIAC/インタラクティブコープが買収)を創設したザック・クライン、歯科用画像技術メーカーを06年に9500万ドルで3Mに売却したエリック・ペイリーなどだ。彼らは総額5000万ドルを出し合い、ファウンダー・コレクティブを結成した。
「『コレクティブ』という言葉は社会主義者みたいでちょっと過激だろう。それが狙いなんだ」と、ディクソンは言う。「実際の資金もあるが、起業家が投資をリードし、投資が成功するよう努力し、成功すれば利益を分け合う独特の構造もある。いわば(中間業者を介さない)ピア・トゥ・ピア(P2P)のベンチャーキャピタルだ」
共同経営者は全部で8人、それぞれが最大10万ドルまで自由に投資できるが、相談すればそれ以上の金額を提供することもできる。これまでに投資した新興企業は約50社だ。
親身なサポートも魅力
ベンチャーキャピタルならまず考えられないが、ディクソンはグリニッチビレッジのカフェでコーヒーを飲みながら、クリス・プールに出資すると決めた。22歳のプールは15歳で匿名掲示板サイト「4chan」を開設し、今度はもう少しまっとうな「キャンバス」を始めようとしている。
親身になってくれるところがファウンダー・コレクティブの魅力だったと、プールは振り返る。「彼らはビジネスパートナーで、いい提携先を探すのに手を貸し、いつもサポートしてくれる」。サンフランシスコに住むフェイクは「起業家を自分の家に泊めたこともある」と言う。
個別の企業に投資するのではなく、結果的に複数の企業を起こすことになるかもしれない個人に投資するのがファウンダー・コレクティブ流。そのためディクソンは大抵、売り込んできた相手に身の上話をさせる。
「子供の頃からプログラミングが好きだったんだ?」とグロスに尋ねる。「ええ」とグロス。「グレプリンの試作品は72時間で完成しました」
グロスは技術用語と金融用語を駆使してグレプリンのデモンストレーションをする。彼がこだわるのは「その人の生き方に基づくオートコンプリート」。グーグルは他人の検索履歴から予想してオートコンプリート(入力履歴を参考にした文字列の予測表示)するが、グレプリンは当人の検索履歴に基づいてオートコンプリートする。
「以前はキーワードをすべて打ち込む必要があった」と、グロスは言う。「グレプリンなら過去に検索したことの30%をタイプするだけでいい」
ディクソンが笑顔を見せる。「『なぜ今まで誰もやらなかったんだ?』と言いたくなるね。グーグルが見たら買収したくなるだろう」
これで決まりだ。ディクソンは翌週、グロスに10万ドルの小切手を切る。エンジェルからの大きな贈り物だ。
[2010年12月 8日号掲載]