最新記事

シリコンバレー

起業家が起業家を救うエンジェル投資

2011年1月19日(水)12時09分
ドリー・シャフリル

起業家が資金を出し合うことも

 しかも新興企業では、高額報酬に代わってストックオプション(自社株購入権)が主流になり、開業コストは数百万ドルから数十万ドルに下がった。おかげでファウンダー・コレクティブのような小規模ファンドも大々的に参入できるようになった。

 ディクソンがファウンダー・コレクティブの創立を思い付いたのは08年。彼は当時、写真共有サイト「フリッカー」の共同創設者カテリナ・フェイクと共に、ユーザーの嗜好を分析してその人に合った商品やライフスタイルを推奨するサイト「ハンチ」を始めようとしていた。フェイクはフリッカーを05年にヤフーに売却して大儲けし、エンジェル投資に手を出していた。

 資金を出し合えば、ほかにどれだけのベンチャーの設立を支援できるだろうか。既存のひと握りの企業に何百万ドルも投資するのではなく、それこそ紙ナプキンに書き留めたアイデアも含めて、まだスタートさえしていないような数社に何万ドルかずつ投資したい......。

 そう考える起業家は彼らだけではなかった。アフリカ最大のネット接続サービスプロバイダを始めたデービッド・フランケル、カレッジユーモア・ドットコム(06年にIAC/インタラクティブコープが買収)を創設したザック・クライン、歯科用画像技術メーカーを06年に9500万ドルで3Mに売却したエリック・ペイリーなどだ。彼らは総額5000万ドルを出し合い、ファウンダー・コレクティブを結成した。

「『コレクティブ』という言葉は社会主義者みたいでちょっと過激だろう。それが狙いなんだ」と、ディクソンは言う。「実際の資金もあるが、起業家が投資をリードし、投資が成功するよう努力し、成功すれば利益を分け合う独特の構造もある。いわば(中間業者を介さない)ピア・トゥ・ピア(P2P)のベンチャーキャピタルだ」

 共同経営者は全部で8人、それぞれが最大10万ドルまで自由に投資できるが、相談すればそれ以上の金額を提供することもできる。これまでに投資した新興企業は約50社だ。

親身なサポートも魅力

 ベンチャーキャピタルならまず考えられないが、ディクソンはグリニッチビレッジのカフェでコーヒーを飲みながら、クリス・プールに出資すると決めた。22歳のプールは15歳で匿名掲示板サイト「4chan」を開設し、今度はもう少しまっとうな「キャンバス」を始めようとしている。

 親身になってくれるところがファウンダー・コレクティブの魅力だったと、プールは振り返る。「彼らはビジネスパートナーで、いい提携先を探すのに手を貸し、いつもサポートしてくれる」。サンフランシスコに住むフェイクは「起業家を自分の家に泊めたこともある」と言う。

 個別の企業に投資するのではなく、結果的に複数の企業を起こすことになるかもしれない個人に投資するのがファウンダー・コレクティブ流。そのためディクソンは大抵、売り込んできた相手に身の上話をさせる。
「子供の頃からプログラミングが好きだったんだ?」とグロスに尋ねる。「ええ」とグロス。「グレプリンの試作品は72時間で完成しました」

 グロスは技術用語と金融用語を駆使してグレプリンのデモンストレーションをする。彼がこだわるのは「その人の生き方に基づくオートコンプリート」。グーグルは他人の検索履歴から予想してオートコンプリート(入力履歴を参考にした文字列の予測表示)するが、グレプリンは当人の検索履歴に基づいてオートコンプリートする。

「以前はキーワードをすべて打ち込む必要があった」と、グロスは言う。「グレプリンなら過去に検索したことの30%をタイプするだけでいい」

 ディクソンが笑顔を見せる。「『なぜ今まで誰もやらなかったんだ?』と言いたくなるね。グーグルが見たら買収したくなるだろう」

 これで決まりだ。ディクソンは翌週、グロスに10万ドルの小切手を切る。エンジェルからの大きな贈り物だ。

[2010年12月 8日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英国の労働環境は欧州最悪レベル、激務や自主性制限で

ビジネス

中国人民銀、1年物MLFで9000億元供給 金利2

ワールド

EU、対米貿易摩擦再燃なら対応用意 トランプ政権次

ビジネス

午前の日経平均は続伸、一時3万9000円回復 米株
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中