最新記事

腐敗

ロシアを見捨てる起業家世代

武装した警察官による会社乗っ取りが横行し、有能な若手経営者が大挙国外に流出している

2010年10月5日(火)15時00分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)

 4年前のこと。携帯電話会社エフロセチの若き経営者だったエフゲニー・チチバルキン(当時34歳)は、ロンドンで開かれた経済フォーラムで、新生ロシアをさっそうとアピールしたものだ。

 赤のスニーカーにポップな落書きジーンズ、誇らしげに「MADE IN MOSCOW」とプリントしたジャージー。ラフなスタイルで演壇に上がったチチバルキンはわずか5年で業界トップにのし上がった成功談を語り、「新世代の若手実業家」の力で「ロシアは世界経済の仲間入りを果たす」と高らかに宣言した。

 そのチチバルキンが、今またロンドンにいる。ただし今回は投資誘致のPRマンとしてではなく、亡命者としてだ。エフロセチには何度か警察の捜査が入り、チチバルキンの共同経営者2人が逮捕され、会社は売却された。チチバルキンの母親は4月に変死。彼自身も身に覚えのない誘拐と恐喝の容疑で指名手配されている。

 今のロシアでは、腐敗した警察に会社を乗っ取られたり、脅迫されて外国に逃亡する実業家や弁護士、会計士や銀行家が後を絶たない。30代、40代の若手中堅が丸ごと「亡命世代」と化している。

 国際的な汚職監視団体トランスペアレンシー・インターナショナルの推定では、ロシア企業の3割強が警察の捜査対象となっている。モスクワ市当局が設置した不当な捜査に対する苦情ホットラインに、この1年間に寄せられた相談件数は、それまでの10倍の2000件以上に上った。

有罪率99・5%の蟻地獄

 ロンドンに住むロシア人は推定30万人。犯罪者やその他の事情を抱えた人もいるにせよ、不当逮捕を恐れて逃れてきた亡命実業家が何千人かいることは確かだ。

 現状に嫌気が差して祖国を捨てる人材も増えそうだ。モスクワに本拠を置く世論調査機関レバダセンターの09年の調査では、1600人の回答者の13%が国外移住を希望していた。これはソ連崩壊直後の92年と同じ割合だ。

 人材流出がロシア経済に及ぼす影響は甚大だ。ウラジーミル・プーチンが大統領に就任した00年以降、この10年でロシアは世界経済フォーラムの競争力ランキングで51位から63位に転落。財産権の保護では、マラウイ、ニカラグアと並んで119位。司法の独立では116位、警察の信頼性では112位、経営の健全度では77位という不名誉な座に甘んじている。
 
 石油・天然ガスの価格上昇で、マクロ経済は安定的に成長しているようだが、現状ではエネルギーに代わる新産業の成長は期待できない。「経済の刷新を牽引できるのは、自由で独立した起業家精神に富む若手だが、国家がそうした人材を追放している」と、有力野党「もう一つのロシア」の指導者ウラジーミル・ルイシコフは言う。「こんな状況で欧米の資本を呼び込めるわけがない」

 問題の核心を成すのは、警察と犯罪組織の癒着だ。この2つが結び付けば「ほぼ無敵」だと、弁護士のウラジーミル・パストゥホフは言う。警察と秘密警察は弱みのある企業に目を付け、ロシア式「手入れ」を行うのに忙しい。官僚も不正行為の片棒を担ぐ。

 ウォール街と違って、ロシアの「敵対的買収」は完全武装で覆面をした警官の登場で始まる。オーナーを脅迫し、会社を乗っ取るために根拠の曖昧な捜査令状を取り、家宅捜索と称して重要書類やコンピューターを押収する。

 このパターンが確立されたのは03年。当時の大統領ウラジーミル・プーチンがロシア最大の石油会社ユコスを解体し、ミハイル・ホドルコフスキー社長以下の幹部らを逮捕して以来のことだ。「プーチンのやり方を見たロシアの官僚たちは、自分たちもまねしていいと考えた」と、ユコスと関係があった弁護士は匿名で語る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

基調物価が2%へ上昇するよう、緩和的な金融環境維持

ビジネス

コマツの4ー12月期、営業益2.8%増 建機販売減

ビジネス

安定した物価上昇が必要、それを上回る賃金上昇も必要

ワールド

カタール首長がシリア訪問、旧政権崩壊後元首で初 暫
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 4
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 5
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 6
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    空港で「もう一人の自分」が目の前を歩いている? …
  • 9
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 10
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 9
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 5
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中