ダウ「瞬落」、真犯人は超速取引
この数週間、HFT業界は08年後半〜09年前半の株価暴落時以来のゴールドラッシュに沸いた。08年秋の金融危機以降、ダウは乱高下を繰り返しながら09年3月9日に6500ドルの安値を付けた。
「08年の大パニック」の間、長期投資家は大きな損失を被ったが、HFT会社は巨額の利益を上げた。「ガチョウが金の卵を産む時代だった」と、HFT専門のヘッジファンド、トレードワークスの創業者マノジ・ナランは言う。
高頻度トレーダーに対する世間のイメージはいいとは言えない。彼らは偏執狂的で厭世的で、ドル箱のアルゴリズムを守りたい一心で秘密の部屋に閉じ籠もっている。取材に応じることはまずないし、自分たちの仕事のことはできる限り隠そうとする。これでは、空売り投資家やハゲタカファンドと並んで市場の「悪の殿堂」入りを果たしたのも無理はない。
「業界として、われわれは秘密主義になり過ぎた」と、ナランは言う。世のHFTバッシングを見かねてナランはマスメディアに登場し、業界の顔になった。テレビでオフィスも公開した(ジーンズ姿の20代の物理学博士たちがコンピューター画面をにらんでいるだけだったが)。「世間は今でも疑っている」と、ナランは言う。「秘密にするのは何か悪いことをしたからだろうと思われている」
サイバー金融時代の英雄
ほとんどの人は、昨年7月にFBI(米連邦捜査局)がゴールドマン・サックスの元社員を逮捕するまで、HFTのことなど聞いたこともなかった。逮捕されたセルゲイ・アレイニコフはロシア出身のコンピュータープログラマーで、ゴールドマン・サックスの高頻度取引のアルゴリズムを盗んだ容疑がかかっている。
メディアは競ってこの件を報じた。アレイニコフのやってきたことを一面で詳しく報じ、一般になじみのない超高速取引の世界で、トレーダーたちがいかにして他人の注文を見た上で取引を先回りするかなどの詳細が報じられた。
アレイニコフは、金融関連ブロガーたちの間でカルト的英雄に祭り上げられた。世界で最も悪名高い銀行からお宝を盗もうとしたサイバー時代のロビン・フッドだ。
事件が知れ渡ると、HFTに対する反発は強まった。SECや、イギリス版のSECである金融サービス機構(FSA)が調査を開始。チャールズ・シューマー米上院議員は規制を作ると脅し、民主党の下院議員2人は、すべての株取引に0・25%の取引税を課す法案を出した。
HFT業界は、彼らの存在は市場をより効率的で公正なものにすると主張する。その言い分を理解するには、HFTが誕生した00年9月までさかのぼる必要がある。
同月、市場のコンピューター化に熱心だったアーサー・レビットJr.SEC委員長(当時)は、各市場に価格の小数点化を指示した。それまで0・125ドル(8分の1ドル)刻みの価格で売買されていた株式やオプションが、1セント(0・01ドル)単位で売買されるようになった。
小数点化の前は、例えばIBM株を1株117〜118ドルで買いたい場合、投資家は117と8分の1ドル、4分の1ドル、2分の1ドル......と、8分の1ドルの刻みでしか買い注文が出せなかった。その買い注文に合う売り注文を見つけてくるのが取引所の仕事だ。
この買値と売値の差をスプレッドと呼ぶ。小数点化以前は最小のスプレッドは8分の1ドルだったが、今は1セントを超えることはまずない。スプレッドが小さければ取引のロスが少ないので、普通の投資家にとってはいいことだ。だが、買値と売値の差を収益源にする値付け業者にとっては死活問題になる。