ダウ「瞬落」、真犯人は超速取引
今は小数点化によるスプレッドの縮小に加えて、買い手と売り手が直接取引できる電子取引所のおかげで、値付け業者の居場所はなくなりつつある。ウォール街の伝統ある企業のいくつかは、値付け部門を閉鎖した。生き残った値付け業者はコンピューターと取引の高速化に投資した。
その結果、株式の取引量は爆発的に増加した。アメリカ株の一日平均の出来高は99年の約9億7000万株が05年には41億株、昨年は98億株まで膨らんだ。
狂乱をあおるピラニア
この出来高の激増によって、アメリカ株市場は世界で最も流動性が高い、つまり売買が公正な価格で成立しやすい市場になった。HFTのおかげ、というわけだ。
HFTの存在と役割が最も際立ったのは、08〜09年の株価暴落時。長期投資家が数百万株を売ろうと殺到したとき、買い手に回ったのはHFTだった。自己資金でリスクを取り、1株当たり1セントにも満たないサヤを抜きながら、圧倒的な取引量で稼ぐ投資家だ。
だが、公器であるニューヨーク証券取引所(NYSE)の値付け業者と違って、HFTの大半は秩序ある市場を維持する義務を負わない。5月6日の「瞬時暴落」のときには、多くの超高速トレーダーは単にコンピューターの電源を切ってしまった。
ナランもそうだ。アルゴリズムを停止して、持ち株は売ってしまった。「あのときの株価は常軌を逸していた。売買が成立しないと困ったことになる」と、彼は言う(NYSEでは結局、1万9000件もの注文が未成立で残った)。
殺到する売りに対して買い向かう投資家が少なくなると、株価は急落した。株価が損切りの指し値を下回ると、コンピューターが自動的に大口の売り注文を出し始め、多くの大手機関投資家が売り方に回って市場は投げ売り一色の様相になった。
買い手がいなくなると流動性は干上がり、ボラティリティーは跳ね上がった。ここで記録的な利益を上げたのが、この大惨事の間も市場にとどまり続けた高頻度トレーダーたちだ。「もし取引を続けていれば、私も大儲けできていただろう」と、ナランは言う。
規制当局がHFTに目を付けたのは、惨事が広がるなかでも儲けることができるこの能力のためだ。高頻度トレーダーは自らの利益のために狂乱をあおり、市場を乱高下させるピラニアだと見なされるようになった。
それでも、瞬時暴落後の規制の第1の標的にされたのは証券取引所で、HFTは今のところ無傷なままだ。イリノイ工科大学講師のベン・バン・ブリエットのような取引システムの専門家は、HFT大手のGETCOやトレードボット・システムズはいずれ、電力会社に似た存在になるだろうと言う。高度な技術と既得権益を持ち、事実上市場を支配する存在だ。
だが電力会社と同じく、HFTもすぐに規制対象になる可能性もある。その可能性が増すにつれ、高頻度トレーダーたちはウォール街の古い金融大手のまねをして規制当局などに働き掛けを始めた。 ナランは3月から、SEC委員たちと会合を持ち始めた。HFTについて「啓蒙」するためだ。「規制当局も理不尽なことはしないと思う。その点、2カ月前よりは楽観的になれた」と、彼は言う。
だが本当に心配なのは、市場が理不尽にならないかどうか。ますます大きな力で市場を動かすようになったコンピューターが、理不尽なことをしないかどうかだ。
[2010年6月 9日号掲載]