最新記事

アメリカ経済

それでも景気「二番底」が来ない理由

最近頭をもたげ始めた景気後退シナリオは、08年金融危機で広まった過剰な悲観ムードの産物にすぎない

2010年6月7日(月)18時04分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

敵の正体 この夏アメリカが怯える「ダブルディップ」って?

「トップキル」(=海底油田の原油流出を防ぐ作戦の1つ)や「ゴア・ディボース」(=アル・ゴア元米副大統領夫妻の離婚)と並んで、最近よく耳にするようになった言葉の1つに、「ダブルディップ・リセッション(=景気の二番底)」というのがある。

 興奮しやすい性格で有名な投資評論家のジェームズ・クレーマーは、5月21日のテレビ番組で、アメリカ経済が再び停滞に突入する確率が35%あると発言(それまでは「25%」と言っていた)。5月半ばのある投資関係のイベントでは、投資運用会社リサーチ・アフィリエイツのロバート・アーノット会長が「二番底の可能性は50%以上」と述べている。

 確かに、09年第4四半期に5.6%を記録したアメリカのGDP(国内総生産)成長率は、10年第1四半期に3%に減速。ユーロ圏の経済は、ギリシャ発の危機で押しつぶされかねない。

 しかしこの夏、アイスクリームの「ダブルディップ(コーンの上にアイスを2つ盛る)」はともかく、アメリカで経済の「ダブルディップ」を目の当たりにすることは考えづらい。「二番底を予測するシナリオはあまりに非現実的だ」と、コンサルティング会社マクロエコノミック・アドバイザーズの共同創設者ジョエル・プラッケンは言う。「よほどの信用危機が起きない限り、考えづらい」

成長率は「ジグザグ」で当然

 08年の夏に始まった信用危機は、ある意味でまだ続いている。だからこそ、いま二番底を恐れる声が強まっているのだ。私たちは08年の金融危機の悲惨な記憶が脳裏に焼きついているので、悪いデータを少し見ただけで景気崩壊の序曲かと条件反射的に身構えてしまう。住宅着工や販売の数字が落ち込んだり、株価が大きく下がったりすると、私たちの記憶は瞬時に08年9月に舞い戻る。

 しかし景気回復が長く続くうちには、GDP成長率が減速する時期があるのは当然のこと。四半期単位のGDP成長率の推移を表すグラフはジグザグ模様を描く。

「経済が景気後退を抜け出すときは、まず猛ダッシュで飛び出し、やがてスピードダウンするのが普通」だと、景気循環調査研究所のラクシュマン・アチュタン所長は指摘する。「さまざまな景気指標が明確に一貫して落ち込み続けるようになって初めて、景気後退の可能性を口にすべきだ」

 この点では、全米産業審議会のエコノミスト、ケン・ゴールドスタインも同じ意見だ。同団体が発表している「景気先行指数(LEI)」は4月に0.1ポイント下落したが、指数を構成するさまざまなデータを見ると、景気回復が製造業からサービス業に拡大していることが分かると、ゴールドスタインは指摘する。

「過剰な楽観」に懲りて「過剰な悲観」に

 消費者が景気について知るためには、金融市場の動向より、雇用と個人消費に注目したほうがいいと、ゴールドスタインは言う。「景気が二番底に落ち込むのは、雇用と個人消費の数値が少なくとも3カ月以上続けて悪化した場合だけだ」

 マクロエコノミック・アドバイザーズのプラッケンによれば、ヨーロッパの金融・財政危機の余波を受けて、アメリカの輸出が減り、ドル高が進む可能性はある。

 しかし、それにより向こう1年間の経済成長率がいくらか下がることはあっても、経済が景気回復の軌道から脱線することはない。マクロエコノミック・アドバイザーズは、10年と11年の両年の経済成長率を3.7%と試算している。

 アメリカ人が景気の「二番底」に怯えるのは、私に言わせれば金融危機の後遺症にほかならない。07年まで過剰な楽観ムードに酔っていたことを深く後悔するあまり、アメリカの経済専門家たちは無条件に悲観的な物の見方をするようになった。最近の「二番底」騒ぎは、アメリカ経済の「今」と同じくらい、「過去」を映しているのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中