アップルの愚かな特許訴訟
マルチタッチ画面の特許はその最たる例だ。これほど基本的で範囲の広い技術概念は本来、独占されるべきではない。だが現実の訴訟では、アップルが勝ってしまう可能性がある。1企業が、ユーザーインターフェースの改善という一般的な概念で業界全体に縛りをかけることができるというのは、特許制度自体が改革を必要としているいい証拠だ。
特許法の本来の狙いを理解すれば、アップルの訴えがどれほど危険か分かる。特許は発明を守るためにあり、発想や思い付きを守るためではない。
この区別は極めて重要だ。例えばベーグル製造機を作ろうというアイデア自体は、誰でも考え付く可能性がある。そのうちある者がロープと滑車で、また別の者がロボット工学を使ってその機械を作れば、そこで初めて別々の発明が生まれたことになる。だがベーグル製造機という元のアイデア自体は、独占されるべきではない。
同じ理由から、アメリカを含む多くの国は、アルゴリズムに特許を与えることを禁じている。アルゴリズムはコンピューターで計算を行うときの計算方法で、具体的な問題解決以前のアイデアにすぎないからだ。そのため裁判所も長年、ソフトウエアに特許を認めることには消極的だった。コンピューターのプログラムとは結局、アルゴリズムにすぎないからだ。
「盗用」は進歩の原動力
だが、カリフォルニア大学バークレー校大学院のブロンウィン・ホール教授(経済学)らの研究が示すように、80年代の前半からその基準が緩み始め、ソフトウエアの特許を取得したり権利侵害から守るのが容易になった。
企業は先を争って特許を申請するようになり、発明ではなく一般的概念としか思えないものに関する申請がますます増えている。アマゾン・ドットコムのワンクリック特許はばかげた例の1つ。オンラインショッピングの際、初回に必要情報を登録しておくと次からはクリック1回で買い物ができるシステムだが、同じことを考えた企業は何社もある。
アップルは、指の動きに反応して機能するiPhoneという機器を作った。ソフトとハードを組み合わせてその便利な動作を実現した具体的な技術については、アップルは特許を主張する正当な権利がある。
だがマルチタッチ画面という発想は別だ。コンセプトは同じでも別の手段でそれを実現する会社が現れたら、アップルに阻止されることなくその技術を販売できるべきだ。マルチタッチ画面は、幾通りものやり方で実現し得る抽象的なアイデアなのだ。
そもそも、マルチタッチ画面はアップルが最初に考え出したアイデアでさえない。ニューヨーク大学メディア研究所のジェフ・ハンは06年早々にマルチタッチ画面を発表していたし、トム・クルーズは02年の映画『マイノリティ・リポート』の中で既に使っていた。
アイデアに特許を認めれば、競争が損なわれる。想像してみてほしい。もしウェブブラウザのマルチタブ方式が1社に独占されていたら、ブラウザは今ほど使いやすくなっていなかっただろう。
ソフトウエアの特許認可数と反比例して技術革新が減っていることを示す研究もいくつかある。ボストン大学法科大学院の講師ジェームズ・ベッセンらの03年の研究では、企業が特許関連支出を増やすと、研究開発費が減る傾向があることが分かった。
本業もおろそかになる。アップルも業界他社も、訴訟などしていないで次世代の偉大な電話機の開発に頭を使うべきだ。アイデアの「盗用」は、ハイテク業界の進歩のための重要な原動力だった。アップルは自社でデジタル音楽プレーヤーというアイデアを考え出したわけではない。そのアイデアを誰より見事に実現しただけだ。
そして他の企業がアップルに追い付き追い越そうとすると、ジョブズはさらに新しいものを発明し続けた。スマートフォン・ビジネスでも、同じであるべきだ。ハイテク戦争を戦うのは技術者であって、弁護士であってはならない。
*Slate特約
http://www.slate.com/
[2010年3月24日号掲載]