最新記事

テクノロジー

アップルの愚かな特許訴訟

タッチ画面という一般的アイデアを独占するのは技術革新を殺すに等しい

2010年4月19日(月)16時06分
ファハド・マンジュー

自信作 07年、発表したばかりのiPhoneをロンドンで売り込むジョブズ Alessia Pierdomenico-Reuters

 アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)が、07年のマック関連の見本市「マックワールド・エキスポ」で高機能携帯電話iPhoneを発表したときのこと。彼はその画期的なユーザーインターフェースから話を始めた。「マルチタッチ画面という驚異的な技術を開発した。まるで魔法のような技術だ」

 ジョブズは、独特の大げさな表現でiPhoneのタッチ画面の感度の良さや賢さ(間違って触れたときは無視してくれる)、2本の指を画面上で開いたり閉じたりすると拡大や縮小ができるマルチタッチ機能などを宣伝。最後に次のように付け加え、この技術がいかに特別かを強調した。「特許もどれだけ取ったことか!」

 ジョブズは3月2日、このとき言外に込めた脅迫を実行に移した。iPhoneの特許20件を侵害したとして、台湾の携帯電話大手HTCを訴えたのだ。HTC製の携帯電話の多くはグーグルの携帯電話用OS(基本ソフト)、アンドロイドを搭載している。グーグルの携帯電話ネクサス・ワンを受託生産しているのもHTCだ。

 アップルは、ハイテク業界の巨人グーグルを直接敵に回すのは金も掛かるし得策ではないと思ったのだろう。HTCは身代わりで訴えられたようなものだ。

 これは単にアップルとグーグルの戦いではない。マイクロソフトやモトローラ、ブラックベリーのメーカーであるリサーチ・イン・モーション(RIM)など、アップルの競合企業すべての問題だ。

 iPhoneが世に出てからというもの、スマートフォンと呼ばれる高機能携帯電話のメーカーは必死でiPhoneのまねをしてきた。今はどのメーカーにもマルチタッチ画面の機種がある。

 タブレット型パソコンや電子ブックリーダーも相次いで発売され、気が付けば私たちの周りにはタッチ画面があふれている。未来のコンピューティングにタッチ画面が重要な役割を果たすのは、誰の目にも明らかだろう。アップルは今回の訴訟で、その未来を妨害しようとしている。

 これは危険な戦略だ。特許訴訟は決着がつくまでに何年もかかる。被害は消費者や端末機器メーカー、ソフトウエア制作会社などにも及び、アップル自身にとっても良いことはない。業界全体で特許戦争が繰り広げられるようなことになればなおさらだ。アップルのライバル企業も山ほど特許は取っている。そうした企業の法務部門は今頃、iPhoneやiPadに自社特許を侵害する技術を見つけようと残業に追われていることだろう。

 アップルの訴訟は、不確実性という暗雲になって業界全体を覆っている。いずれ裁判で違法と判断されかねないとなれば、アンドロイド携帯の購入をやめる消費者や、iPhone以外の携帯端末向けのアプリケーション開発は見合わせるソフト会社も出てくる。

ソフト特許は制度が破綻

 アップルの当然の権利だという意見もあるだろう。自社の発明を守って何が悪いのか。それこそジョブズの考えだ。「ライバルがわが社の発明を盗むのを漫然と見ているか、それとも対抗策を取るか」と、3月2日の声明は言う。「われわれは対抗策を取るほうを選んだ......盗みは許されない」

 だがジョブズは、業界を長年悩ませてきたより深い問題を無視している。ソフトウエアに関する特許制度は破綻している。米商務省特許商標局がソフトウエアに対して簡単に特許を認め過ぎることから多くの弊害が生まれている。

 大手企業は、万が一にも訴えられないためだけの目的の特許申請や手続きに巨額の費用を掛けている。そして多くの場合、ソフトウエアに関する特許は法的にも哲学的にも根拠は怪しい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF

ワールド

イスラエル、ガザで40カ所空爆 少なくとも43人死

ワールド

ウクライナ、中国企業3社を制裁リストに追加 ミサイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 10
    トランプに弱腰の民主党で、怒れる若手が仕掛ける現…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中