エンロン帝国の堕ちたエリート
常軌を逸した簿外取引
3人組に不正があったかどうかは、法廷の判断するところ。だが現時点でも、人々(それもかなり賢い人々)を欺く彼らの能力には驚嘆せざるをえない。
新奇な業界用語を好んで使ったスキリングは、よく「オプティック(光学レンズ)」という語を口にしたものだ。それは証券会社のアナリストや会社の会計監査を担当する人間たちに疑念のレンズを捨てさせ、ニューエコノミーのバラ色の未来を見せるために自ら発明した「レンズ」だった。
それでも世界がバラ色に見えない人たちには、カネを渡した。コンサルタントや弁護士、投資銀行家、政治家、ジャーナリスト。名目は手数料でも報酬でも献金でもよかった(あまりに広くばらまいていたため、エンロンと無関係な大手会計事務所は皆無に等しく、破綻後の会計監査も関係を断絶したばかりのアンダーセンに引き受けてもらうしかないらしい)。
「エンロン興亡劇」の主役がレイとスキリングなら、舞台裏で大道具や小道具を作っていたのがファスタウだ。生まれはニュージャージー州の中流家庭。高校時代には、自分の成績判定について教師によく食ってかかったという。
若き日のコンチネンタル・バンク(シカゴ)時代の同僚は、当時のファスタウには「節操に欠ける面があった」と語っている。「若いころは、契約をまとめるためなら何でもやるタイプだった。自分はすごいと信じていた。そういう態度が奨励される職場に彼のような人間を置けば、問題が起きるのは当然だ」
99年にはその「ユニークな財務手法」を業界誌に絶賛されたファスタウだが、簿外取引を利用して貸借対照表から債務を消す手法そのものは、別に珍しいものではない。ただ、スケールが違っていた。何千もの簿外取引が存在し、しかも一部ではファスタウ自身が私腹を肥やしていた。
会社の承認を得て、ファスタウは一部の簿外取引について自らが取引先となり、少なくとも3000万ドルの利益を得ていた。利害の衝突は明らかなのに、なぜ役員会がそれを黙認してきたのか。この点には議会も注目している。
スキリングは先週の公聴会で、ファスタウの不正行為に気づかなかった理由をうまく説明できなかった。だが本誌が入手した2000年10月の役員会財務委員会の議事録には、ファスタウの関与する取引が利害の衝突を招かないように監督することを経営トップに求める記述がある。
先週、スキリングはこの会議について記憶がないと証言。出席していたことを示す証拠を突きつけられると、会場のホテルで停電が起きたので自分は部屋を出ていたと、言い逃れた。
実際、取引先の会社役員にファスタウが名を連ねているような簿外取引の承認書には、スキリングの署名がない。下院商業委員会のケン・ジョンソンに言わせれば、「こうした書類を見るかぎり、スキリングは自分の関与した形跡を残したくなかったよう」なのだ。
こうした疑惑の構造に、なぜ警鐘を鳴らす者がいなかったのか。もちろん、どこの会社でも経営トップを批判する者は煙たがられる。だがエンロンでは、批判する者は追い出されるのが常だった。
2年ほど前のこと。財務部門にいたジェフリー・マクマホンは、ファスタウの不透明な取引についてスキリングに問いただしたことがある。取引先の会社に自分の上司がいる状態では自社の利益を守ることなど不可能だと抗議したと、マクマホンは語っている(スキリングは先週の証言で、記憶にないとしている)。その後、マクマホンは担当をはずされ、ロンドン勤務を命じられている(皮肉なことに、マクマホンは現在、再建をめざすエンロンの最高執行責任者に選ばれている)。
昨年8月、スキリングは突然辞任を表明し、周囲を驚かせた。ハーバード大学卒のスキリングは自信の塊のような男だが、CEOに就任したときから、かなり動揺していたという説もある。「こんな役回りはごめんだ。いつも人目にさらされていて、子供に会いに行くこともできないと、よくぼやいていた」という声もある。
高圧的で無愛想な男に
スキリングは「一身上の理由」で辞任すると発表したが、母べティは信じていない。「あの子が事態の重大性を知っていたとは思わないけれど、でも何か考えがあったはず」と、彼女は言う。
息子の離婚も息子の人格がすさんでしまったのも仕事のせいだ、とベティは考えている。「ストレスの多い仕事をしていると、性格もゆがんでしまう」
社内でも、スキリングは高圧的で無愛想なことで知られていた。「彼は変わってしまった。どんどん傲慢になり、自分は常に正しいんだと思い込むようになった」と、元同僚は言う。
一方、レイは獰猛な魚が泳ぐ海の上に静かに浮かんでいるような存在だった。「スキリングは神経質だったが、レイは南部男らしい気さくな魅力があり、人づき合いも巧みだった」と、2人と面識のある政府関係者は言う。