エンロン帝国の堕ちたエリート
全社員に出したメール
スキリングが辞任して数日後、シェロン・ワトキンズ副社長が社内の会計処理に潜む危険を告発するメモをレイに送った。レイは調査を命じたものの、問題はないという姿勢を崩さなかった。
しかし10月末までに、エンロンの株価は急落した。資金と信用の両方を取り戻す必要があると考えたレイは、競合会社ダイナジーとの合併を思いついた。そしてダイナジーのチャック・ワトソン会長を説き伏せ、エンロンは「短期的な流動性の問題」をかかえているだけだと信じ込ませた。
しかし交渉がまとまったかにみえた段階で、エンロンは7―9月期の収益を下方修正し、返済期日の迫っている負債が6億9000万ドルもあることを明らかにした。これで再び夜を徹した交渉が始まり、結局、ダイナジーは手を引くことになった。
エンロンは、自社株の下落は交渉を有利に進めようとするダイナジーの意図的な操作によるものだとして同社を提訴。倒産に追い込まれたのもそのせいだと主張した。
しかしダイナジー側の消息筋によれば、エンロンは交渉中も高圧的な姿勢を崩さなかったという。「まるでエール大学がネブラスカ大学を見下すような態度だった」と、ある関係者は言う。
ヒューストンのエンロン本社では、社員が混乱に陥っていた。彼らは企業年金401kの大半を自社株で運用させられていたため、老後の蓄えを失ってしまったのだ。エンロンのエネルギー取引を担うトレーダーのなかには、オフィスに響き渡る大声で自社の株価を読み上げる者もいた。
11月の終わりごろには、もうエンロンと取引しようという人はいなくなっていた。それでも午前10時ごろに出社すると、みんなにビールが配られる。そして昼から午後4時ごろまでビールを飲み明かして家路に就くのだった。
レイは、従業員や市民の前では最後まで平静を装い続けた。経営破綻を公表するまでの間、レイは全社員に電子メールで、冷静を保て、私に任せてくれと訴え続けた。今にして思えば、あまりにも白々しいメッセージだ。
ダイナジーとの合併話がほごになったときも、レイはまだ別の手があると社員に語った。切羽詰まった交渉だったことはおくびにも出さず、合併は「エンロンの株主にとって最良の取引ではなかった」とも書いている。エンロンの株券が紙くず同然になったのは、その数日後のことだ。
エンロンの経営破綻が発覚すると、さすがに幹部たちも狼狽しはじめた。ユダヤ系のファスタウは当時、反ユダヤ的な言葉に過剰に反応していたという。
今年1月に元副会長のクリフォード・バクスターが自殺したときは、スキリングがひどく動揺した。その日のうちに車でバクスターの自宅を訪れ、残された妻や子供を慰めている。記者が張り込んでいるかもしれないという弁護士の警告にも耳を貸さなかったという。
まだ夢を見ているレイ
しかし先週の公聴会に招かれたスキリングは強気を崩さず、エンロンに不正はないと信じていたと証言している。
一方のレイは、まだ自分の夢物語にこだわっている。先週に予定されていた議会での証言も、公聴会の雰囲気が「あまりにも検察官的」になっているとの理由でキャンセルした(しかし今週中には、少なくとも二つの委員会で証言せざるをえないだろう)。
先週、レイと電話で話したという友人によれば、さすがのレイも動揺している。「これはワナだ、と言っていた。『私は本当に、私の言い分を聞いてほしいんだ』と、10回くらいは繰り返していた」
どうやらレイは、自分に都合のいいように現実を映す「レンズ」を探し続けているようだ。レイにとって、そしてスキリングとファスタウにとっても、最も必要なのはまやかしの「レンズ」ではなく、自分を映す「鏡」なのだが。
[2002年2月20日号掲載]