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神経衰弱ぎりぎりの暗黒の白鳥
追い詰められるプリマを描いた『ブラック・スワン』の妖しい魅力
黒い天使 ニナ(ポートマン)は『白鳥の湖』のプリマに抜擢されるが、官能的な黒鳥に成り切れない ©2010 Twentieth Century Fox.
ダーレン・アロノフスキー監督の魅惑的な暗黒のエンターテインメント『ブラック・スワン』は、おなじみ『くるみ割り人形』のような甘ったるいクリスマス劇には最高の口直しだ(日本公開は5月13日)。
ニナ(ナタリー・ポートマン)は『白鳥の湖』のプリマに選ばれる。舞台では優雅そのものだが、舞台を降りると彼女が大切にしているオルゴールの踊り子のように痛々しい。トイレで吐き、血まみれの爪先をいたわり、性的妄想と被害妄想にふける。高尚な芸術と性的な緊張感に満ちたスリラーが、絶妙のバランスで結び付いている。
もちろん、バレエ映画らしくチャイコフスキーの美しい音楽が流れ、華やかなチュチュが舞う。少年のように痩せたポートマンは本格的にバレエの練習をしたという(踊っている足元はほとんど映らないのだが)。
しかし『ブラック・スワン』の先進的な魅力は、あけすけな性描写と超常現象を連想させるストーリーだ。バンサン・カッセル演じる芸術監督トーマスは、ニューヨーク・シティ・バレエ団(映画の舞台でもある)の創設者ジョージ・バランシンを連想させる。トーマスはバレエ団のスターを口説いては捨てていく。最近の犠牲者は元プリマのベス(ウィノナ・ライダー)だ。
ライバルダンサーとのラブシーン
ニナはお行儀良い白鳥にはぴったりだが、官能的で邪悪な黒鳥には成り切れず、奔放なリリー(ミラ・クニス)に役を奪われそうになる。白鳥の二面性を持たせるため、トーマスはニナの新しい性衝動を目覚めさせる──彼女に自慰行為をさせて。
ニナの視点でストーリーをたどりながら私たちは戸惑う。リリーは本当にニナを追い詰めているのだろうか。ニナの威圧的な母親は、ニナ以外の人には恐らく見えていない。
ニナとリリーの悪評高い「ラブシーン」──R指定(17歳未満は保護者同伴)にしてはおとなしいが──は現実なのか、それともニナのふしだらな妄想か。それもすべては芸術のためだというのか。
幻覚のような『レクイエム・フォー・ドリーム』、気骨のある『レスラー』、そして撮影中の『ウルヴァリン』と、アロノフスキーの作品には常に通俗さがある。
今回も、やり過ぎと思える結末(人間の体から白鳥の羽が生えるなんて!)へと進みつつも、何とか現実の世界に踏みとどまっている。恐ろしい血まみれのクライマックス。とことん大胆不敵だからこそ、とことん楽しめる。
[2010年12月15日号掲載]