最新記事

格差是正はブラジル式に学べ

ルラ後のブラジル

新大統領で成長は第2ステージへ
BRICsの異端児の実力は

2010.09.28

ニューストピックス

格差是正はブラジル式に学べ

経済危機のさなかも着々と貧富の差を縮められたカギは教育と現金給付

2010年9月28日(火)12時00分
マック・マーゴリス(リオデジャネイロ支局)

 世界で貧富の格差を是正しようとする機運が高まるなか、思いがけず「お手本」として急浮上した国がある。ブラジルだ。

 03年以降、約2100万人のブラジル人が貧困から抜け出した。結果、それまで少なかった中流層が増加し、ブラジル社会で大きな存在感を見せるまでに成長した。ブラジルは、2015年までに貧困層を半減させるとした00年の国連のミレニアム開発目標を、08年の時点で既に達成している。

 もっとも、貧困層を底上げしたというだけなら、珍しくはない。過去20年間の世界的な経済成長と医療制度の充実のおかげで、どの途上国でも見られる現象だ。ブラジルが際立っているのは、貧困層の生活の向上がほかのどの階層よりも急速だからだ。03〜08年の間に、富裕層の上から10%の収入の増加は11%だったのに対し、最下層の下から10%の収入は72%も上昇した。貧富の格差は03年以降、5・5%減少している。

 特筆すべきは、世界的な経済危機も障害にならなかったことだ。貧困に苦しむ人の数は経済危機が発生した18カ月前よりも今のほうが少ない。ブラジルのジニ係数(所得の不平等を測る指標で1に近いほど格差が大きい)は現在0・58で、景気後退前の08年6月と同じ水準だ。

 数値だけをみれば素晴らしいとはいえないだろう。しかし金融危機のさなかに格差が拡大していないという点では、やはりブラジルが突出している。経済成長が著しい途上国と比べてもそうだ。中国とインドはブラジル以上の急成長を遂げているが、国内の格差は広がるばかり。こうしてブラジルは今、専門家から貧困撲滅への手本として熱い視線を送られている。

 すべては90年代に始まった数々の賢明な政策のおかげだ。積極的な就学率向上運動によって、労働を強いられていた子供の97%が学校に通えるようになった。彼らは現在、その恩恵を受けて以前より高い賃金の仕事に就けるようになった。

ボルサ・ファミリアの力

 数十年もの間、成長を骨抜きにして価格の騒乱をもたらした場当たり的な経済政策と抑制のない出費を続けた指導者たちは、94年に方向転換した。民営化、貿易自由化、倹約財政などにつながる改革の幕開けだった。

 重要なのは、左派勢力が改革に協力したことだ。左派・労働党の扇動的指導者で03年に就任したルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領は、決して資本主義を信奉していたわけではない。だが、国民の多くが支持していた自由市場経済化に向けた改革に干渉しないと約束した。皮肉なことに、まさにこの公約によってルラがずっと夢見てきた構想への道が開かれた──最も貧しい人たちに国家が直接手を差し伸べる道だ。

 インフレ率を低く保ち、政府の支出を抑制することで金利を低下させ、銀行には低所得者層にも貸し付けを広げるよう奨励した。ルラは国家の役割を拡大し、最低賃金や年金の大幅な引き上げを行った。巨額の現金を貧困層に分配できるようにした。

 ルラは既存の支援プログラムを拡充した貧困層向けの直接補助金制度ボルサ・ファミリアも創設。就学児童や病人がいる低所得世帯には毎月10〜70謖の少額手当を給付している。

 このアイデアは新しいものではない。アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンは1968年、所得が一定以下の貧困層には税額控除より現金給付のほうが効果があるとして「負の所得税」を提唱。この考えはまずチリやメキシコで採用されたが、大規模な制度化に成功したのはブラジルだ。現在は5500万人が利用している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中