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救われるべきはヒーローたち?
スタート時の人気が急降下の『ヒーローズ』。アクション全開で突っ走る今シーズンに生き残りをかける
軌道修正 シーズン2で人気が失速したのを教訓にしてシーズン3はアドレナリン全開のスリリングな展開へと転換 ©2007 UNIVERSAL STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
サイラー(ザッカリー・クイント)はテレビドラマ史上最も凶悪なキャラクターの一人だ。『HEROES/ヒーローズ』の悪役サイラーは、目ざわりだというだけの理由で自分の母親を殺し、罪もない大勢の人々を超能力を使って殺害していく。
他の超能力者の脳を切り開き、そのパワーを自分のものにできるサイラーは、飛行や読心術、自己再生、怪力などさまざまな能力をもつ主人公たちを脅かす。
シーズン1の最終回で殺されたかに見えたサイラーは奇跡的に生き延びたが、シーズン2に入ってまもなく超能力をすべて失っていることが明らかになる(ジェネオン・ユニバーサルエンターテインメントよりDVD発売中)。人の心を読むことも、物を溶かしたり凍らせたりすることもできない。もはや恐るべき能力をもった凶悪犯ではなく、力を取り戻そうと苦しむ普通の男にすぎない。
ドラマ自体もシーズン2に入って「超能力」を失ってしまった。
シーズン1は『スパイダーマン』や『バットマン』のようにSFとアクションを巧みに織り交ぜて独自の世界をつくり上げ、放送開始後すぐに視聴者の心をつかんだ。物語は別の土地でそれぞれの人生を生きる登場人物の紹介から始まる。彼らは一見普通の人間だが、実は特殊な能力をもった「ヒーロー」だ。
主人公のピーター・ペトレリ(マイロ・ベンティミリア)は看護師として働く心優しい男。だがピーターには、他の登場人物たちの特殊な力を吸収できるという超能力があった。彼の兄ネイサン(エイドリアン・パスダー)は空を飛ぶことができる。
東京で退屈な会社勤めをしていたヒロ・ナカムラ(マシ・オカ)もいる。自分の超能力に気づいたヒロは、時間を止めてテレポーテーション(瞬間移動)でニューヨークに飛んだ。
失望したファンが大騒ぎ
ヒーローたちは「チアリーダーを救え! 世界を救え!」という謎のメッセージを受け取る。チアリーダーとはテキサスに住む高校生の超能力者クレア・ベネット(ヘイデン・パネッティア)。彼女の能力は自己再生。ほぼ不死身というわけだ。
ヒーローたちは彼女をサイラーから守らなくてはならない。彼がクレアの能力を奪って不死身になったら、とんでもないことになる。ヒーローたちがサイラーと戦うシーンでは、アクション映画とホラー映画を同時に見ているような興奮を覚えた。
どんな平凡な人間だろうと、人は誰でもヒーローになれる――これが『ヒーローズ』のテーマ。コミック好きの視聴者は、この手の「神話」に弱い。
シーズン2もシーズン1の続編として、テンポよくストーリーを進めていけば成功するはずだった。だがシーズン2になるとシーズン1の繰り返しのようになり、せっかくの勢いを失ってしまった。
「視聴者は登場人物が超能力に気づいたり、互いに関係を深め合ったりすることに興味があるのだと考えてしまったが、まちがいだった」と製作総指揮のティム・クリングは言う。「視聴者が求めていたのは興奮だった」
シーズン2の冒頭、行方不明になったピーターはなぜかスコットランドにいて、すべての記憶を失っている。野心的な政治家だったネイサンは顔に大きな傷を負い、弟も失って自暴自棄になる。一方、クレアは彼女の超能力のことを知る人のいないロサンゼルスに家族と引っ越す。
シーズン1はばらばらに暮らしていたヒーローたちが互いに接近しはじめてから、どんどん面白くなり、スリルも増していった。今さら彼らを引き離して最初からやり直すなんてばかげている。
アクションは滞り、視聴者がヒーローのピンチに手に汗握ることもなくなった。サイラーが能力を失い、恐ろしい敵がいなくなったのだからなおさらだ。
サイラーは、新しく登場した超能力者のマヤ(ダニア・ラミレス)と、彼女の双子の弟アレハンドロ(シャリム・オルティス)とともにメキシコを旅する。マヤの能力は、興奮すると黒い涙を流し、周囲の人間すべてを死にいたらせるというものだ。
シーズン2に憤慨したファンたちは、ブログに「ストーリーがばらばらだ」「シーズン1の魅力がすっかりなくなってしまった」などと書き込んだ。
あまりの大騒ぎに製作総指揮のクリングは異例の行動に出た。昨年11月、エンターテインメント・ウィークリー誌上で誤りを認め、軌道修正中だと発表したのだ。
視聴者数が12%も減少
シーズン2は脚本家のストライキのせいで通常より短い期間で終わった。視聴者数も減った。平均1310万人というのは立派な成績だが、シーズン1と比べると12%の減少だ。
『ヒーローズ』は、超能力を失ったコミックのヒーローのように深い闇の中に入り込んだ。
とはいえ、いくつかの新しい展開がシーズン2をかろうじて救ったのは確かだ。ファンが作品を見続けてくれたのは、そのおかげでもある。
シーズン2では、とびきり魅力的なヒーローが新たに加わった。彼女の名前はエル・ビショップ(クリステン・ベル)。コケティッシュでわがままな20代の女性で、父親ボブの下で働いている。ボブは超能力者の存在を世間から隠すため、ヒーローたちの行動を制約しようとしている「組織」のエージェントだ。
エルも超能力者で、そのために自由を縛られてきた。高電圧の電気を発生させて自在に操る能力を
もっている。ピーターの捜索を命じられたエルは、映画『ターミネーター』のサイボーグばりの執拗な追跡を開始。ピーターの姿を目にするや、周りに人がいようが構わず手から電流を放ちまくる。
ベルはドラマ『LOST』の出演依頼を蹴って『ヒーローズ』に出ることに決めた。『ヒーローズ』を選んだのは、友人と一緒に仕事がしたかったからだとか。
「ザッカリー・クイントやマシ・オカ、このドラマの脚本家たちと一緒に電車に乗ったことがあって、『出演する気があるなら、電話してよ!』みたいな感じで誘われたの」と、ベルはあるインタビューで語っている。「そのときは冗談で『喜んで!』って答えたんだけど、後でザッカリーに、本気で誘ってくれたのなら、ぜひやりたいと言った。そしたら本当に出演することになっちゃった」
シーズン2で進行する二つのエピソードもエルと同じくらい魅力的だ。ロサンゼルスで「普通」の高校生として暮らすクレアは、ウエスト・ローゼン(ニコラス・ダゴスト)という少年と恋に落ちる。『スパイダーマン』の主人公ピーター・パーカーをもっとオタクにしたようなウエストも、実は超能力者で、空を飛ぶことができる。
山の斜面に立つ有名な「ハリウッド」の看板に座ってデートする2人。彼らが空中で抱き合って互いを見つめるシーンは、シーズン2最大の見どころの一つだ。ティーンエージャーの恋ならではの美しい瞬間をとらえている。
「あのシーンは最高だった」と、視覚効果を担当するエリック・グレノーディエは言う。「超能力を描くと同時に、2人がこれぞロサンゼルスという場所にいるシーンにしたかった。彼らの行動や振る舞いは普通の人間と変わらない。ウエストが空を飛べるという点を除けば」
原点回帰の新シーズン
ヒロをめぐるエピソードも大きな話題になった。オタクでもクールになれることを証明したユーモラスなヒロは、シーズン1からファンの人気の的だ。
シーズン2の冒頭で、ヒロは1671年の日本にタイムスリップする。そこで出会ったのは残虐な武将「白ヒゲ」から国を守った伝説的サムライ、タケゾウ・ケンセイ。だがヒロは意に反してケンセイの恋路にかかわり合う羽目になり、歴史を変えてしまう。ヒロが現代に戻ると、過去の日本から思いがけない人物が現れ、サイラー並みの凶悪さを発揮する。
歴史と現代をからみ合わせたこのストーリー展開はシーズン2の最大の収穫。アクションにも切れがあり、恐怖や緊迫感たっぷりで、俳優陣は最上級の演技を見せてくれる。
今年9月に始まったシーズン3の幕開けはクリングの約束どおり、ファンの期待に応えるものだった。サイラーが能力を取り戻し、それと同時にスイッチを入れ直したように作品も輝きを取り戻した。
「シーズン1の精神に戻って、『ヒーローズ』のもともとの魅力である急ピッチな展開と個性的な人物像を前面に押し出した」と、オカはUSAトゥデー紙に語っている。
ファンが本当に求めているのは何か、もうクリングもわかっている。「今シーズンはしょっぱなからアドレナリン全開でいく」と、彼はあるインタビューで語った。「アクションやホラー映画風の恐怖といった『ヒーローズ』の得意技で勝負する。ジェットコースター感覚のストーリー展開になるということを視聴者にアピールしようと思った」
ヒーローは必ず復活する
実際、シーズン3はいきなり全速力で疾走するから気をつけたほうがいい。初回からスリルたっぷりで、主要な登場人物の多くが重大な危機に直面する。
ピーターは4年後の未来へタイムスリップし、クレアと遭遇。クレアは銃を突きつけて「ずっと好きだった」と告げ、ピーターを撃とうとする。
一方、現代のシーンでは、クレアの元に彼女の能力をねらっているらしいサイラーが訪ねてくる。2人が顔を合わせるシーンは背筋がぞっとする恐ろしさだ。
見事な再スタートだが、『ヒーローズ』が生き残れるかどうかはわからない。シーズン3の初回の視聴者はわずか1060万人。最近では700万人近くまで落ち込んでいる。
ドラマを放送するNBCテレビは11月、脚本家2人を降板させた。ストーリーがわかりにくいという視聴者の不満を解消するのがねらいだ。
『ヒーローズ』が人気を回復するチャンスはまだある。「爆発的人気を得た後で失速したドラマは何本もある。『LOST』はシーズン2で失速したが、製作陣は明確な針路を定め、(今年前半に放送された)シーズン4をこれまでで最高の出来に仕上げた」と、ライターのサラ・ヒューズは英ガーディアン紙に書いている。
今のところ視聴者数が振るわない『ヒーローズ』には、ありがたい指摘だろう。
コミックのファンなら誰もが知っているように、敵に敗北した後でもう一回、奈落の底からはい上がってこそ本当のヒーローだ。一度超能力を失ってしまった『ヒーローズ』だって、再びパワーを取り戻せるかもしれない。
[2008年12月17日号掲載]