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北朝鮮 危機の深層
核とミサイルで世界を脅かす
金正日政権
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金正日からオバマへの挑戦状
金総書記の健在ぶりをアピールし、「全面対決」発言で韓国を挑発したねらい
死亡説に終止符 09年1月23日に平壌で中国共産党の王対外連絡部長(左)と会談した金総書記 KCNA-Reuters
あの独裁者の「生体反応」がやっと確認された。北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記が脳卒中で倒れたとされるのは昨年8月。以来、死亡説や健康不安説を打ち消すために北朝鮮当局が発表する写真は不自然なものばかりだった。
しかし、1月23日に公表された写真は違った。首都平壌で金が中国共産党の王家瑞(ワン・チアロイ)対外連絡部長と会談した際の写真は、デジタル処理を疑わせる不審な点がなく、これまでの写真と違って信憑性が高い。以前より目に見えてやせ、髪も薄くなっているが、外国要人と会談できる健康状態であることは確かだ。
北朝鮮のねらいは、金の健在ぶりを誇示し、アメリカで発足したばかりのオバマ政権に向けて存在をアピールすることにあったのだろう。経済危機や中東情勢、イラク、アフガニスタンにかまけて北朝鮮の核を無視するなよ――そんなメッセージを新政権に送ったつもりなのかもしれない。
この数週間、北朝鮮はアメリカ(と世界)の関心を引こうとするかのような行動が目立っていた。北朝鮮当局者は1月半ば、訪朝したアメリカの北朝鮮問題専門家に対し、貯蔵しているプルトニウムを「兵器化」したと発言。北朝鮮はその後、アメリカが先に国交正常化に踏み切らないかぎり核兵器を手放すつもりはないという趣旨の声明を発表している。
それ以上に際立っているのが韓国に対する強硬姿勢だ。1月17日には、韓国と「全面的な対決態勢に入る」との声明を軍が発表。30日には、南北の政治的・軍事的対立状態の解消に関する過去の合意をすべて破棄すると、北朝鮮の対韓国窓口機関である祖国平和統一委員会が発表した。
一連の動きには、オバマ政権の発足に冷や水を浴びせようという意図もあったにちがいない。「北朝鮮は無視されることを好まない。目立つ行動を取って、オバマ政権が対処せざるをえない状況をつくろうとするだろう」と、元CIA(米中央情報局)朝鮮半島分析官のブルース・クリングナーは言う。「オバマが新しい方針で臨み、核問題解決への動きを加速させると期待する声もあるが、現実には歴代の米政権が直面したのと同じ問題にぶつかるはずだ」
北朝鮮の脅威は「8年前より大きくなっている」と、北朝鮮との交渉を担当した経験をもつエバンス・リビア元米国務次官補代理は言う。実際、北朝鮮の核問題を話し合う6カ国協議は手詰まり状態になっている。
核ミサイルは完成したか
新たにプルトニウムを製造しないという点には北朝鮮も同意しているが、6~8発程度の核兵器を造れる量のプルトニウムは製造済みだと推定されている。そのプルトニウムについて、北朝鮮は「国際基準」の査察・検証を拒んでいる。これまでの6カ国協議の合意があいまいな内容に終始し、北朝鮮が次々と新たな要求を持ち出す余地をつくってしまったからだ。
北朝鮮の主張は、「アメリカと日本の帝国主義」の脅威に対する自衛のために核抑止力を保有する権利があるというものだ。それを前提に、核放棄の条件として、経済制裁の全面解除、在韓米軍の撤収、韓国内に米軍が核兵器を持ち込まないという確約、軽水炉2基の提供、アメリカとの関係正常化を要求してきた。
これらの要求がすべて通らないかぎり、北朝鮮は核兵器を放棄するつもりはないという。「プルトニウムを兵器化したと明らかにしたのは、すでに兵器になっているので査察の対象にならないと主張するのがねらいかもしれない」と、クリングナーは言う。
プルトニウムだけではない。北朝鮮当局は否定しているが、ウラン濃縮疑惑も指摘されている。北朝鮮が軍事利用可能な水準のウランを保有していることを米情報機関が確信するにいたったと、ブッシュ政権末期に当時のコンドリーザ・ライス国務長官が述べている。
今のところ、オバマ政権はもっと差し迫った重要課題に忙殺されているかもしれない。ただ、北朝鮮が核兵器開発を進め続けていることは頭に入れておいたほうがよさそうだ。北朝鮮は日本の全域と、アメリカの一部に到達可能な弾道ミサイルを保有している。 そうなると問題は、核弾頭をミサイルに搭載する技術をもっているかどうかだ。北朝鮮にその能力はまだないと米情報当局はみているが、開発に着手している可能性は十分ある。
「アメリカが交渉に応じようと応じまいと、北朝鮮は核弾頭と弾道ミサイルの融合を推し進めるだろう」と、元米国務省北朝鮮分析官のケネス・キノネスは指摘する。「弾道ミサイルに核弾頭を搭載すれば、交渉の場で(核放棄への見返りを)高くつり上げられる」
話をさらに複雑にしているのが金正日の健康問題と後継者問題だ。金が自分の後継者を指名していないことが、軍部の影響力が強まる事態を招きかねない。「もし(金正日が)死ねば、軍がいっそう強い力をもつようになる」と、キノネスは言う。オバマ政権にしてみれば、そのシナリオは何としてでも避けたいところだろう。北朝鮮の核計画を仕切っているのが超強硬派の軍部であるため、そうなった場合、交渉はさらに厄介になるだろう。
米政府に軌道修正の兆し
アメリカの新政権はまだ対北朝鮮政策を検討している段階だ。前政権の政策をほぼ踏襲するという予測もあるが、微妙な軌道修正が行われる兆候もある。
ブッシュ政権はおおむね、北朝鮮の核問題を国際的な核拡散防止体制に対する脅威というより、アメリカとその同盟国の安全保障に対する直接的脅威とみなしていた。オバマ政権の考え方は少し違うようだ。
「国務省内の多くは、北朝鮮の核開発計画が潜在的な危険要因であることはわかっているが、優先的に対処しなければならないほどの脅威だとは思っていない」と、オバマ政権のアジア政策移行チームにかかわっている元米外交官は言う(自由に発言するためとの理由で匿名を希望)。「(国務省の)関心事は、北朝鮮の脅威そのものではなく、どうやって核拡散を阻止、あるいは抑制するかだ」
北朝鮮が核放棄に同意する可能性は乏しい半面、戦争に打って出るような自殺行為をしないだけの理性はあるはず――そういう認識が米政府内にあると、この元外交官は言う。
米政府が北朝鮮の脅威を軽くみているわけではない。ヒラリー・クリントンは国務長官の指名承認のための上院公聴会で、北朝鮮の核兵器開発を「終わらせる」ことをめざし、北朝鮮の核が拡散することを防ぐと述べた。
しかし同時に、北朝鮮の核がすぐに消えてなくなるわけではないという現実は受け止めざるをえないかもしれない、とももらしている。「現実をしっかり直視し、何が実現可能なのか判断しなければならない」
穏健派に言わせれば冷静で現実主義的態度、強硬派に言わせれば同盟国の安全を脅かす敗北主義的態度ということになるかもしれない。いずれにせよ、金正日と北朝鮮指導部が朝鮮半島に対処すべき難題があることをオバマ政権に思い知らせ続けることは確かだ。
[2009年2月11日号掲載]