コラム

アメリカのユダヤ系大物政治家はなぜ「異例の発言」に踏み込んだのか...「痛烈なイスラエル首相批判」の背景

2024年04月11日(木)16時20分
チャック・シューマー

シューマーは演説でネタニヤフを批判した CRAIG HUDSONーREUTERS

<「イスラエルの親友」と呼ばれてきた米上院民主党トップのチャック・シューマーが「道を失った」と断罪。「ユダヤ人の心の叫び」はイスラエルに届くのか>

「親友」からの忠告は届くのだろうか。米連邦議会上院の与党・民主党のトップ、チャック・シューマー院内総務が3月14日に行った演説は、イスラエルの将来を懸念する一人のユダヤ人の心の叫びだったと言える。

シューマーは多くのユダヤ人が暮らすニューヨーク出身の政治家で、公職にあるユダヤ系では最高位にあり、「イスラエルの親友」とも呼ばれてきた。

そのシューマーが演説で矛先を向けたのは、歴代最長にわたりユダヤ人国家を率いるネタニヤフ首相だ。ガザ紛争をめぐる対応で国益を損なっているとして「道を失った」と断罪。

「10月7日以降、ネタニヤフ政権がもはやイスラエルのニーズに合致しないのは明白だ」と非難し、「健全でオープンな意思決定プロセスを可能にするためには、新たな選挙が唯一の方法だと信じる」と述べ、新たなリーダーを選ぶよう間接的に諭した。

一国の議員が、他国に選挙を求めるなど異例中の異例だ。

シューマーが異例の発言に踏み込んだのは、イスラエルを外から見つめるユダヤ人として、その行く末を強く懸念したからだ。

ホロコーストの惨禍から生まれた国家は、数々の戦争に直面しながらも、今や国民1人当たりのスタートアップ企業数「世界一」を誇るハイテク国家となり、その技術力は世界が称賛する。

しかし、極右政党と連立した今のネタニヤフ政権は発足直後から、建国理念である「民主主義」の根幹である司法の独立を損ないかねない司法制度改革を進め、国内に混乱を招き、国外でもさまざまな摩擦を引き起こした。

その混乱のさなか、ハマスの奇襲テロ攻撃が発生した。国民にホロコーストの記憶を呼び覚まし、多くの国が連帯を示した。

しかし、その後の6カ月に及ぶパレスチナ自治区ガザへの陸海空からの絶え間ない攻撃は子供約1万3000人を含む3万人以上を死に至らしめ、人道危機の解決は困難を極めている。

紛争初期に集めた同情は、出口戦略を示さずに攻撃を続けるイスラエル政府や、経済関係を持つ企業などに対する批判に変わり、格付け会社の信用も低下。長年かけて積み上げてきた国際的な信頼を失いつつある。

シューマーが、「イスラエルは『のけ者』として成功することはできない」とクギを刺したのもこのためだ。

プロフィール

曽我太一

ジャーナリスト。東京外国語大学大学院修了後、NHK入局。札幌放送局などを経て、報道局国際部で移民・難民政策、欧州情勢などを担当し、2020年からエルサレム支局長として和平問題やテック業界を取材。ロシア・ウクライナ戦争では現地入りした。2023年末よりフリーランスに。中東を拠点に取材活動を行なっている。

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