コラム

習近平vs李克強の権力闘争が始まった

2020年08月31日(月)07時00分

「習近平の夢」を葬り去った李克強の一撃

しかし中国首相である李克強の口から出た1つの数字によって、習の「偉業達成」はかなり危うくなっている。どういう基準で「14億人が脱貧困」と言えるのかについて、習政権はさまざまな数字の操作を「工夫」することもできよう。しかし、いくら何でも「6億人の国民が月収1000元」の現状で、習が筋書き通りに今年末の「14億全員脱貧困」と宣言するのはかなり難しい。無理矢理宣言しても誰も信じないし、ただの笑い話に終わってしまう。

要するに、「中国有史以来の偉業を達成した偉人」となって自らの権威樹立を図る習近平の目論見は、李克強の手によってほぼ完全に打ち壊され、「中国の夢」ならぬ「習近平の夢」の1つはこれで破れたのである。

もちろん、成熟した政治家の李が、自ら披露した数字がこのような「殺傷力」を持っていることを知らないわけはない。いや、むしろ知っているからこそ彼は、テレビ中継の記者会見においてこの数字を披露し一瞬にして全国に広げたのであろう。この数字の披露はまさに、李が習に対して仕掛けた奇襲作戦だ。この一挙で習の「脱貧困」の欺瞞性を暴露したとの同時に、習がただのホラ吹きであることを国民に明らかにしたわけである。

このケンカの売り方は巧妙なところは、習近平批判をしたわけでもなければ習の名前すら出さず、淡々と披露した数字によって、習に顔面パンチの打撃を与えた点にある。

李は上述の数字の披露によって、もう1つの目的も達成している。それは、「李首相こそ国家の実情をしっかりと把握し、本当のことを国民に伝えるまともな政治家」であるとの印象を国民と国際社会に与えたことである。そして、その対比において習近平はむしろ「国の実情を無視してホラ吹きをする政治家」と国民の目に映る。習近平にとっては二重ダメージである。

以上は、5月28日の全人代記者会見を利用して、中国首相の李克強が国家主席の習近平に仕掛けた奇襲作戦の一部始終であるが、習主席サイドは当然、何らかの反撃を考えなければならない。

そして7月になると、習からの反撃が予想もせぬ形で始まった。

プロフィール

石平

(せき・へい)
評論家。1962年、中国・四川省生まれ。北京大学哲学科卒。88年に留学のため来日後、天安門事件が発生。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。07年末に日本国籍取得。『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞受賞。主に中国政治・経済や日本外交について論じている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震の死者1000人超に、タイの崩壊ビル

ビジネス

中国・EUの通商トップが会談、公平な競争条件を協議

ワールド

焦点:大混乱に陥る米国の漁業、トランプ政権が割当量

ワールド

トランプ氏、相互関税巡り交渉用意 医薬品への関税も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジェールからも追放される中国人
  • 3
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中国・河南省で見つかった「異常な」埋葬文化
  • 4
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 5
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 6
    なぜANAは、手荷物カウンターの待ち時間を最大50分か…
  • 7
    不屈のウクライナ、失ったクルスクの代わりにベルゴ…
  • 8
    アルコール依存症を克服して「人生がカラフルなこと…
  • 9
    最古の記録が大幅更新? アルファベットの起源に驚…
  • 10
    最悪失明...目の健康を脅かす「2型糖尿病」が若い世…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えない「よい炭水化物」とは?
  • 4
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 5
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    大谷登場でざわつく報道陣...山本由伸の会見で大谷翔…
  • 10
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 6
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story