コラム

中国のホームレス大先生(流浪大師)が人気爆発の不思議

2019年04月12日(金)17時20分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

(c) 2019 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<投稿動画のアクセスで荒稼ぎする中国ブロガーたちは、儲かるなら良いも悪いも関係ない>

10年ほど上海でホームレス生活をしていた沈巍(シェン・ウエイ)は、自分がスーパースターになるとは夢にも思わなかった。沈は一時的に身を寄せる場所で、ほぼ毎日100人を超える人々に囲まれ取材・撮影された。ほとんどが「快手(Kwai)」と「抖音(TikTok)」のブロガーだ。どちらも中国産動画アプリで、スマホさえあれば誰でも簡単にミニ動画で日常の面白い瞬間を記録し投稿できる。

その便利さと面白さはもちろん、投稿動画にアクセスを集めることができれば、広告収入を期待できることが一番の魅力。このようにネットでお金を稼ぐ方法を中国語で「賺流量」(トラフィックを稼ぐ)と呼ぶ。トラフィックを稼ぐことはお金を稼ぐこと。トラフィックが大きいほど収入も増える。稼ぎたいブロガーは沈の所に殺到した。沈は一番売れっ子の「流量明星」(トラフィックを稼げるスター)だからだ。

学生時代から読書好きな沈は、ホームレスをしながら毎日の読書習慣も続けている。古典も現代文学も読む沈の言葉遣いはなかなか秀逸で、イメージは普通のホームレスと全く違う。その意外さが人々の興味を呼び起こし、動画に沈の姿さえあれば必ずアクセス数が増え、トラフィックを保証する。

「流浪大師(ホームレス大先生)と一緒に本を読もう!」
「流浪大師(ホームレス大先生)と結婚したい!」

沈の機嫌を取るため、みな彼を「流浪大師」と呼ぶ。他人より目立つような動画が投稿できれば、トラフィックも増えるからブロガーはみな必死だ。中には沈の人生を捏造した人もいる。全ては金儲けのため。毎日ブロガーたちに囲まれていた沈は普通の生活ができなくなり、仕方なく姿を隠した。

快手と抖音の登録ユーザーはどちらも1億人以上。誰でもブロガーになれ、ブロガーになったら誰でもトラフィックとお金を稼ぎたい。沈巍が隠れたのなら、次の沈巍を探し出せばいい。儲けられれば誰でも「大先生」と呼んでいい。「大先生」どころか、お父さんと呼んでも構わない......。

鄧小平の「黒猫でも白猫でもネズミを捕る猫がいい猫」と同じように、良い悪いを問わず儲けられればいい――これこそ今の中国の価値観、これこそ今の中国の不思議なのだ。

【ポイント】
流浪大師 我要嫁給你!

ホームレス大先生、あなたと結婚したい!

沈巍
元上海市統計局の公務員。52歳。小さい頃、厳しい父親に趣味である歴史書の読書を許されず、自分でゴミ拾いして得た金で本を買うように。大学で統計学を学び就職したが、職場でも節約意識からゴミ拾いを続けたため、精神に問題があると退職に追い込まれる。02年に住んでいた家から追い出され、ホームレスに。

<本誌2019年04月16日号掲載>

20190416cover-200.jpg

※4月16日号(4月9日発売)は「世界が見た『令和』」特集。新たな日本の針路を、世界はこう予測する。令和ニッポンに寄せられる期待と不安は――。寄稿:キャロル・グラック(コロンビア大学教授)、パックン(芸人)、ミンシン・ペイ(在米中国人学者)、ピーター・タスカ(評論家)、グレン・カール(元CIA工作員)。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ

ワールド

ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 売春疑惑で適性に

ワールド

ロシア、中距離弾でウクライナ攻撃 西側供与の長距離

ビジネス

FRBのQT継続に問題なし、準備預金残高なお「潤沢
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story