コラム

中国人も怒る世界初の遺伝子編集ベビー

2018年12月14日(金)17時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Morality Battle (c) 2018 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<世界初の遺伝子編集ベビーの誕生が世界を驚かせたが、中国では国内格差への不満が世論の怒りに拍車をかけた>

残り1カ月を切った2018年に世界の人々を最もびっくりさせたニュースは、遺伝子編集された赤ちゃんが中国で生まれたことだろう。世界初、しかも双子の遺伝子編集ベビーが誕生した。

真っ先に報道した官製メディア人民網の最初の記事は、「エイズウイルスに感染しない世界初のゲノム編集赤ちゃんが中国で誕生した」という「自慢話」だった。このとき、彼らはその後の世論の反発と人民の怒りを全く予想していなかった。

最初にこのニュースを耳にしたとき、中国のネットユーザーたちは「また嘘記事だ」と信じなかった。だが本当だと分かると、人々の怒りと恐怖でネットは炎上した。「怖過ぎ! 冗談? 人類の倫理のレッドラインを越えた! 中国の誇りではなく恥だ!」「この出来事は中国が科学の一番進んだ国なのではなく、一番図々しい国だと証明した!」

中国人の愛国心は有名だ。特にこの数年間の経済発展や生活水準の向上に強い誇りを持っている。ただし、今回だけはみんな口をそろえて非難している。とても珍しく不思議な光景だ。

なぜ中国国内でも批判の声が大きいのか。悪者がゲノム編集技術を利用して人類を破滅させる、というストーリーのSF映画や小説の影響も大きいかもしれない。でも、最も現実的な理由は次の2つだと考えられる。

1つは、今回の遺伝子編集の中心は中国政府ではなく民間であること。今、ちょうど中国政府は民間企業を「リストラ」している最中で、民間への怒りは検閲でネット上から抹殺されない。むしろ政府の思う壺かもしれない。

もう1つ理由を挙げるなら、やはり中国国内の格差だろう。中国は古くから特権社会だ。権力を握る者は普通の人々に配慮せず、自己の利益を拡大しようとする。もし独裁者がこの技術を利用して「スーパー人間」を生み、普通の人より長生きして権力を握り続けたらどうなるのか。

決して妄想ではない。古い中国の歴史の中で、始皇帝のように不老不死の薬を求める独裁者はたくさんいた。今回はこの不老不死につながり得る技術が実際の人間に使われたのだ。庶民の怒りは民間だけに向いているのではない。

【ポイント】
基因编辑定制宝宝、智慧型、均衡型、健壮型

それぞれ「遺伝子編集カスタマイズベビー」「頭脳型」「バランス型」「肉体型」

遺伝子編集ベビー
深圳にある南方科技大学の賀建奎(ホー・チエンコイ)准教授が、大学外の病院でエイズウイルスに感染しないよう遺伝子を改変した受精卵から双子の赤ちゃんを誕生させた。賀はその後、大学当局に軟禁されたと伝えられている

<本誌2018年12月18日号掲載>


※12月18日号(12月11日発売)は「間違いだらけのAI論」特集。AI信奉者が陥るソロー・パラドックスの罠とは何か。私たちは過大評価と盲信で人工知能の「爆発点」を見失っていないか。「期待」と「現実」の間にミスマッチはないか。来るべきAI格差社会を生き残るための知恵をレポートする。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story