コラム

何が悪かったのか:アフガニスタン政権瓦解を生んだ国際社会の失敗

2021年08月19日(木)13時40分

こうした米政権の「読みの甘さ」の繰り返しを、バイデン政権の、あるいは米政府の情報不足や無計画さに帰することは簡単だ。現地情勢を行う分析官の多くが現地語を理解せず、もっぱら翻訳されたものや中東系移民からの情報に依存して、自身でナマの情報を扱わない。イラク戦争の数年後、イラクやアフガニスタン情勢を分析報告する米シンクタンク系の第一線の専門家に、アラビア語は読むのか、と聞いたとき、こう答えたのが印象的だった。「情報が多すぎる。現地語で読んでいる暇はないので、全部通訳に依存している」。なるほど、今回、数多くのアフガニスタン人通訳が真っ先に国外脱出を希望したのは、それだけ米軍や米関係企業が通訳や現地助手に依存しなければならなかったことをよく表していよう。

だが、こうして、情報が歪む。じかに社会に接しての情報や知識が、得られない。2019年にアフガニスタン復興特別査察官(SIGAR)がアフガニスタン駐留兵士600人に対して行ったインタビューをもとにまとめた報告書「バラバラな責任」は、「米政府は、アフガニスタンの治安部門をどう改善していいのか全く分かっておらず、無計画で、誰一人として責任もって指揮する者がいない」と、厳しい批判を並べている。

しかし、問題はただの「情報不足」なのだろうか? より現地に密着し現地社会を理解した知識と情報を以て統治すれば、それでよい、ということなのか? それは言い換えれば、かつての大英帝国のオリエンタリストたちのように現地を知り尽くした研究者を起用すれば、「いい統治」ができる、ということなのか? かつて現地の方言を駆使し、地元部族とツーカーの関係を積み上げて大英帝国の植民地統治に大いに貢献した、T.E.ロレンスやガートルード・ベルのような考古学者が重用されていれば、米国はアフガニスタンで成功したのだろうか?

破綻国家にどう関わるか

アフガニスタンにせよイラクにせよ、今世紀に入ってからの「米国の支配の失敗」は、「情報不足」や「当時の政権の凡ミス」で済まされるほど単純ではない。それは、冷戦後の地域紛争や破綻国家に対して国際社会がどうかかわっていくかという、未解決の難問を常に棚上げにしてきたことの、つけだと考えるべきだろう。

中東・南アジア地域が、「グレート・ゲーム」の時代から、英仏露など西欧列強の植民地化のターゲットになってきたことは、周知の事実である。だが、米国がこの地域に本格的に関与するのは、冷戦構造のもとでだ。1950年代にはCENTO(中央条約機構)がソ連と国境を接するトルコ、イラン、パキスタンで結成されたが、イラン革命で崩壊した。イラン革命と同年にソ連のアフガニスタン侵攻が起き、この地域が冷戦のホットスポットになりかけたわけだが、冷戦下での米国の政策は、あくまでも「現状維持」だった。アフガニスタンに親ソ政権が成立しても、そこに直接介入してアフガニスタンの国家建設を行おうという発想は、なかった。だからこそ、ビン・ラーディンをはじめとするアフガン・アラブが、抗ソ・ゲリラに起用されて代理戦争を展開したのである。

だが、冷戦が終結すると、一強と化した米国が「現状維持」以上の行動をとる機会と可能性を阻むものは、なくなった。ちょうど国際社会全体が、「人道的介入」の可能性を夢見ていた時期である。1990年代のソマリア、ボスニア、コソボなどへの介入で、米軍は主導的役割を果たした。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

EU・仏・独が米国非難、元欧州委員らへのビザ発給禁

ワールド

ウクライナ和平の米提案をプーチン氏に説明、近く立場

ワールド

パキスタン国際航空、地元企業連合が落札 来年4月か

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story