コラム

トルコ・クーデター未遂とエジプト政情不安の類似点

2016年07月19日(火)16時40分

<今回の事件では、軍の政治介入に対する市民の忌避感が強く強調されたが、最近のエジプトやタイの政情不安の事例を考慮すると、これが市民社会の二極分化、対立へと発展するおそれを感じさせる>(写真はエルドアン政権を支持して集まったトルコ市民)

 先週末、トルコでクーデター未遂事件が発生したとき、筆者は頭を抱えた。

 ほんの3カ月前、筆者は『途上国における軍・政治権力・市民社会』(晃陽書房)という研究書(編書)を出版したのだが、そこでトルコは扱わなかったからだ。

 理由はちゃんとある。建国の父ムスタファ・ケマル(アタテュルク)が軍主導で国家建設を進めたトルコ共和国は、90年代後半まで政局が揺らぐと軍が出てきて安定化を図るという、クーデター「常連」国だった。一定期間をおいて民政移管するなど、ある意味「模範的」なクーデターであり、多くのアラブ諸国で見られたように、特定政党や個人が軍を私物化するといったことも、なかった。

 その意味で、トルコの政軍関係は研究者にとっては、少し「古典的」で語りつくされてきた感があった。なにより今世紀に入って以降、トルコ自体が軍の介入に頼らずとも民主主義制度が機能する、「普通の国」になってきた。アメリカの政治学者で各国のカントリーリスクをデータを駆使して算出しているジェイ・ウルフェルダーは、トルコでクーデターが発生する可能性をわずか2.5%、つまり「きわめてありえない」こととみなしていたと、16日付ニューヨークタイムズの記事は引用している。

【参考記事】トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか

 欧米の研究者がクーデターを予測できなかったのだから、筆者が編著から「トルコ」の事例を外したのも仕方ないよなあ、などと弁解するわけではない。「起きるはずがない」と思っていたクーデターが、未遂でも起きた、というのは、今後の検証に値する。前述のニューヨークタイムズの記事は、クーデターがなぜ失敗したかについて、それが「古典的」な成功例とかけ離れていたことが原因だと強調しているが、それでもなぜ反乱軍人が「クーデター」という古めかしい手法を取ったのかこそが、問題だろう。

 トルコ研究者ではない筆者としては、近々そうした研究報告がトルコ研究者から上がってくることを期待しているが、ここで「古めかしくない」クーデターの新たな意味を考えてみたい。なぜ筆者が冒頭の編書を企画し出版したかというと、まさに近年の「クーデター」が、かつてトルコがお得意にしていたような古典的クーデターとは違ってきているからだ。

 その最たるものが、2013年のエジプトでの軍事クーデターである。ムバーラク政権を民衆の路上抗議活動によって倒した後、曲がりなりにも民主的な選挙を導入し、イスラーム主義のムルスィー政権が誕生した。選挙で政権を取ったイスラーム主義政党として、トルコのAKP(公正発展党)政権との類似性が指摘された。

 だが、ムルスィー大統領は、誕生から一年後に軍の手によって政権の座から引きずり降ろされた。その後、一応「選挙」によって軍人のスィースィーが大統領に選ばれるが、実質的な軍事政権であることは疑いがない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

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