コラム

バイデンの必死の仲介で、ガザ危機の出口は見えるのか?

2023年10月19日(木)11時50分

訪問直前のガザ病院爆発でバイデンは慎重な外交を迫られている Miriam Alster/POOL-REUTERS

<異例のイスラエル訪問をバイデンに決断させた、米国内の不協和音と外交破綻の危機>

それにしても、現地時間18日に行われたバイデン大統領のイスラエル訪問は異例づくめでした。何よりも戦争中の中東に米大統領が乗り込むというのは、極めて異例です。それ以上に、17日に起きたガザ地北部のアル・アハリ病院で起きた爆発事件がバイデンの思惑を激しく揺さぶる中での訪問となりました。

順序としては、イスラエルのネタニヤフ首相からのバイデン訪問の招請が明らかなったのが、米東部時間の16日月曜で、バイデンはその日の夕刻までに訪問を決断、表明しました。同時にバイデンは、人道危機を回避する方策を協議するとして、ヨルダンでアブドラ国王の主催するエジプト、ファタハ(西岸地区を本拠とするパレスチナ穏健派)を加えた会議に参加する予定でした。

そこへ病院の爆発事件が起きました。この病院を含むエリアに対してイスラエルは空爆を予告、退避を促していたのは事実です。ですから、500人の犠牲が出たという報道に対して、イスラム圏では「イスラエルの犯行だ」として、一斉に激しい抗議が起きました。ヨルダン、エジプト、ファタハも一斉に激怒して、バイデンとの会談をキャンセルしてきました。

真相は不明であり、イスラエルにも、ハマスにも、関与を疑われておかしくない動機はあります。それよりも何よりも、アラブ側との会談を拒否される中では、危険を冒してイスラエルを訪問しても、人道危機を回避する成果は望めません。

ですが、仮にこのタイミングでイスラエル行きをキャンセルするのはバイデンにはできませんでした。それでは、バイデンは爆発事件の「下手人」としてイスラエルを疑っていると言われても仕方がないし、そうでなくても「アメリカは無条件でイスラエルを支持する」という言葉を、イスラエルに信じてもらうことはできなくなります。

バイデンの4つの宣言

そこで、中東諸国との会談は「なし」という前提で、バイデンは予定通りテルアビブに乗り込みました。ネタニヤフとの長い協議の後で会見に臨んだバイデンは、10月7日のハマスの奇襲攻撃を改めて強い口調で非難するとともに、事件を9・11テロに例え、若き日にイスラエルのゴルダ・メイヤ首相に「イスラエルへの支持」を誓ったことなどを語りました。非常に強い口調でしたが、これはあくまで外交上の修辞と言えるでしょう。

肝心の内容としては、以下の4点を宣言しました。
「17日の病院爆撃事件の犯人は、イスラエルでもハマスでもない。パレスチナを本拠とする過激派のイスラム聖戦がイスラエルを攻撃しようとして起こした『誤射』である」
「ハマスが拘束している人質は全員が救出されなくてはならない」
「ガザ地区の人道危機は避けねばならない、支援物資の搬入は急務である」
「パレスチナの圧倒的多数は、ハマスではない」

当初、バイデンはこうしたメッセージを、ヨルダン、エジプト、ファタハにも同意させて宣言する計画でしたが、結果的に1人で宣言することになったのです。

17日の事件の真相は分かりません。イスラエルにもハマスにも動機はあります。イスラエルは、人道危機を恐れてガザ北部侵攻を控えていますが、このままではガザへの圧力が効かなくなることを恐れて、一線を超えた空爆を行うことには彼らなりの合理性があります。また、バイデンがアラブ諸国との会議を成功させては、政治的立場が弱まるので会議を潰したいという計算も成立します。

一方で、ハマスの側はイスラエルが退避勧告を出している中で、爆発が起きれば、そこまでは意外と冷静だったアラブ諸国が憤激して、自分たちに有利な政治状況が作り出せると思っていたかもしれません。そうした中で、バイデンが、あらゆる諜報を動員して「第三の下手人説」を強く主張したのは注目に値します。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マスク氏「誰もバイデン氏やハリス氏狙わない」と投稿

ビジネス

NY外為市場=ドル/円1年ぶり安値、FRB大幅利下

ビジネス

米国の物価情勢「重要な転換点」、雇用に重点を=NE

ビジネス

FRB利下げ、市場予想ほど大幅なものにならず=ブラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優雅でドラマチックな瞬間に注目
  • 2
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰だこれは」「撤去しろ」と批判殺到してしまう
  • 3
    ウィリアムとヘンリーの間に「信頼はない」...近い将来の「和解は考えられない」と伝記作家が断言
  • 4
    地震の恩恵? 「地震が金塊を作っているかもしれない…
  • 5
    バルト三国で、急速に強まるロシアの「侵攻」への警…
  • 6
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 7
    広報戦略ミス?...霞んでしまったメーガン妃とヘンリ…
  • 8
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 9
    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…
  • 10
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは...」と飼い主...住宅から巨大ニシキヘビ押収 驚愕のその姿とは?
  • 3
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 4
    アメリカの住宅がどんどん小さくなる謎
  • 5
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 6
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 7
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 8
    キャサリン妃、化学療法終了も「まだ完全復帰はない…
  • 9
    33店舗が閉店、100店舗を割るヨーカドーの真相...い…
  • 10
    世界に離散、大富豪も多い...「ユダヤ」とは一体何な…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すればいいのか?【最新研究】
  • 4
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 5
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 6
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 7
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 8
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 9
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 10
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story