コラム

正常化には程遠い、ニューヨークの治安の現在

2023年07月05日(水)11時40分

2つ目は、店舗への攻撃です。2021年以降ニューヨークの街が苦しんでいるのは万引きの被害です。拘置所があふれるので警察はロクな取り締まりができない一方で、武装犯に居直られて人的被害が出るとブランドを毀損するので、万引き犯の追跡は企業の本部が禁止しています。その一方で、コロナ禍による困窮が原因だとして、多くの万引き犯には罪悪感がありません。

昨年までは、ドラッグストアが徹底的に狙われて、1本5ドルのシャンプーまでが鍵付きのショーケースの中に入れられるに至りました。それが今年になると、食料品スーパーにまで被害が及んでおり、今は、1つ6ドルのアイスクリームのファミリー用を陳列するための「鍵付き冷凍庫」まで登場しています。

新しい動きとしては、人手不足のレストランを狙って、客席に座って冷静に店内配置を確認した後で、瞬時にレジスター内の現金を奪う強盗の横行が問題になっています。地元紙の記事によれば、3回被害にあったという店主は「警察を呼んで取り調べてもらうと、数時間は閉店しなくてはならず、そうなると回転資金が尽きるので告発もできない、後1回被害にあったら廃業一択」と悲観的だったそうです。

もうコロナ前には戻れない

あまりに出口のない状況に、世論は怒っているのかというと、必ずしもそうではありません。例えば、南部から送られた移民は6万人を超えていますが「もう受け入れるな」という声は過半数には達しておらず、淡々と引き受けて人道危機を回避しようとしているアダムス市長への支持が崩壊しているわけではありません。

昼間人口が増えれば街に活気が戻り、治安が向上するというのは、理解されてはいると思います。しかし、それぞれの子育て世代は個々人のワークライフバランスを崩してまで「コロナ前の世界」に戻るつもりはないようです。

現在のニューヨークは、このように何重もの苦しみは抱えながら、ひたすら「耐える」という選択をしているようです。市役所とNYPD(市警察)は、とりあえずこの7月4日の独立記念日、恒例となっている花火大会を、完全にノーマルな実施として成功させるとしています。その意味には、例年より重たいものを感じます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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