コラム

大谷かジャッジか......MVP論争の裏事情

2022年09月07日(水)14時15分

実は、年間61本というのはMLBの最高記録ではありません。その上には、

▽73本・・・バリー・ボンズ(2001年)
▽70本・・・マーク・マクガイア(1998年)
▽66本・・・サミー・ソーサ(1998年)
▽65本・・・マーク・マクガイア(1999年)
▽64本・・・サミー・ソーサ(2001年)
▽63本・・・サミー・ソーサ(1999年)

という数字があります。マリスの記録は年間本塁打のランキングで言えば、7位に過ぎません。では、どうしてそのマリスの記録が意識されているかというと、アメリカン・リーグの新記録になるというのは建前で、本当の意味は裏に隠されているのです。

どういうことかというと、ボンズ、マクガイア、ソーサの3人は、禁止薬物の使用履歴が報告されているからです。現在のような厳格なドーピング検査のない時代であり、リーグや連邦議会の調査報告という一方的なデータだけではあります。ですが、野球界としては、事実を重く受け止めており、3人の記録を「100%立派な記録」としては認めていません。

具体的には、「記録は抹消しない」が、結果的に「3人ともに野球殿堂入りは却下」という措置となっているのです。つまりは、この6つの年間記録は公式記録ではあるものの、野球の歴史の中では100%の名誉としては記憶されていません。面倒な話になりますが、仮にジャッジ選手が62本を打てば、公式記録としてはアメリカン・リーグの年間新記録ということになるのですが、本音の部分では正直ベースでのメジャーの年間本塁打新記録という評価になるのです。

後半に急失速したヤンキース

2つ目は、所属チームであるヤンキースの成績です。一時は完全独走態勢だった今年のヤンキースですが、8月からは突然「崩壊モード」に入ってしまっていました。仮にこのまま、レイズなどに逆転されて東部地区の首位から陥落するようですと、ワイルドカードゲームを勝ち上がって善戦したとしても、公式戦としては記録的な崩壊劇ということになります。そうなると、ジャッジ選手の成績の印象も弱くなってしまい、大谷選手とほとんど対等の立場で比較されることになります。

非常に単純化して言えば、ジャッジ選手が「62本」を打って、ヤンキースが地区優勝すれば、投票権を持つ記者たちの多くがジャッジ選手をMVPに選ぶと思います。データの単純比較ではなく、印象の強さ、野球史における意味の大きさという評価基準からはそうなります。

それはともかく、8月29日から31日、アナハイムで行われたヤンキース対エンゼルスの3連戦は非常に見応えがありました。優勝の可能性はほぼ消えたエンゼルスですが、初戦と第3戦の2試合、大谷選手が決勝本塁打を打ち、それぞれ1点差を守り切ってヤンキースを下したのでした。これでヤンキースは8月を10勝18敗で終えることとなり、選手たちの目は死んでしまいました。

ヤンキースは、その後も2連敗しチームは全面崩壊に直面。けれどもジャッジ選手の奮闘で最悪の事態は回避しています。エンゼルスも、今になってようやく、大谷選手の頑張りにチームが反応し始めました。MVPの行方も気になりますが、この1週間だけを見ても、この2人の選手の球界における存在感は圧倒的と言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 9
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story