コラム

自民党「保守派」から見えてこない根本の政治思想

2022年08月31日(水)13時30分

現在も自民党内の「保守派」はいるが……(写真は今月10日に発足した第2次岸田改造内閣) Issei Kato-REUTERS

<夫婦別姓や離婚後の共同親権に反対する背景には、どのような思想があるのか全く不透明>

自民党は大きな政党ですから、右から左まで様々な立場の政治家がいます。昭和の昔には、左は「AA(アジアアフリカ)研究会」から、右は「青嵐会」など様々なグループがあって、かなり派手な議論を繰り広げていました。最大の事件としては、70年代の日中国交回復問題がありましたが、左右両派ともに言いたいことを言い合った結果として、合意形成ができたのは事実だと思います。

現在も、「保守派」というのはあるようです。その具体的なポジションですが、例えば、防衛費の問題や近隣諸国との外交に関する立ち位置というのは、強硬か協調かの軸を考えれば理解ができます。またその背景にある思想や価値観というのも、想像がつきます。

一方で、日本の場合は家族をめぐる価値観論争というものがあります。具体的には、結婚後の夫婦別姓をどうするか、あるいは離婚後の共同親権をどうするかと言った問題です。ここでも、保守派というのは、かなり立場を明確にしています。ですが、軍事外交の問題と比べると、家族をめぐる価値観論争においては、背景の思想というのが伝わっていないように思います。

例えば、最高裁の違憲判決を受けて法律の改正も終わった問題ですが、非嫡出子の相続権を平等にするという問題がありました。保守派からは反対が出ていましたが、その理由や背景の思想に関する説明は十分ではありませんでした。例えば、地方出身の政治家や実業家が、妻子を地元に残しながら、東京に愛人を作って子供をもうけるなどということが昭和の時代にはよくありました。

背景の思想が見えない

その場合に、夫の横暴に耐えて本家や本店あるいは選挙区を守った「正妻」の子供は、その正妻の苦労に見合うだけの分配があっていいとか、あるいは「愛人の子」に財産が分配されると家業の承継が難しいなどの「一応の理屈」があったことは想像できます。平成や令和の社会常識には反するし、従って最高裁にも否定された考え方ですが、反対論への理解は不可能ではありませんでした。

ところが、夫婦別姓の場合は、その背景にある思想がよく見えません。よくある批判は、家族が分断されるというのですが、これも別姓問題よりも、日本独特の広範な単身赴任制度を禁止するなどの方がよほど重要だし効果的と思われます。また、強硬な反対論者に限って旧姓の通称使用は自身でも経験があり、大いに推進するなどとしているのも不思議です。

通称はいいが、戸籍はダメ、本人の自由ではなく一律ダメという主張は、非常に分りにくいです。他の家族が夫婦別姓を選ぶことで、戸籍制度全体が「汚(けが)れる」とでも思っている一種の「戸籍教」のような信仰があるとしか思えません。

今回は、離婚後の共同親権の問題についても、自民党の保守派の批判から法制審議会での中間試案の決定が先送りになっています。この問題でも、同じような「分かりにくさ」があると思います。D V(ドメスティック・バイオレンス)の履歴がある元配偶者の問題など、個別事例に判断が引っ張られているのか、それとも親権、監護権、面会権の組み合わせ方として代案があるのか、反対論の中身が分かりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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