コラム

『ドライブ・マイ・カー』に惚れ込むアメリカの映画界

2022年02月11日(金)14時40分

濱口監督の手法への評価は既に国際的にも高かったが Hannibal Hanschke-REUTERS

<トランプ以降の分断社会とコロナ禍で疲弊しきったアメリカ人の心を包み込んだ、日本文化の成熟>

濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』は、すでにカンヌ映画祭で脚本賞や国際映画批評家連盟賞などを、そしてゴールデングローブ賞では非英語作品賞を、そして世界各地の映画賞で「作品賞」の栄誉に輝いています。ですから、3月に受賞が決まるオスカーでは、少なくとも外国語映画賞の候補には入ると思っていました。

ところが、先週のニューヨーク・タイムズに、カイル・ブキャナンというロサンゼルスをベースにする批評家のオスカー候補の予想が出て、そこでは濱口監督の名前が監督賞候補に挙がっていたのです。それだけでも驚きなのですが、実際に2月7日に候補作のリストが発表になると、外国語映画賞、監督賞だけでなく、作品賞、脚色賞の候補にまでなっており、合計4部門にノミネートということになりました。

濱口監督の作風、つまり丁寧に時間をかけて深いレベルで心理的な役作りを行うこと、その上で関係性のケミストリ(人間同士の関係性における化学反応)を映像化すること、またできるだけ観客の視点を作品空間の中に「引きずり込む」ことなどについては、既にアメリカでも認知されています。ですから、監督賞というのは分かります。

また、脚色賞については、その独自のアプローチが評価されたのだと思います。脚色した濱口監督と大江氏は、村上春樹さんの小説を膨らませていったというよりは、主として3つの短編小説『ドライブ・マイ・カー』『シェエラザード』『木野』の構成要素を一旦バラバラに解体して、そこにより現代的な問題を加えながら、整合性ある一つの物語空間に再構成しています。

2021年の「ベスト10」

これは、かなり膨大な作業であり、その成果が評価されたのだと思われます。表題作をはじめ、村上氏の一連の短編は、雑誌「ニューヨーカー」に発表された後に、短編集『Men without Women』に収録されており、原作と脚色の比較がしやすかったこともノミネートを助けたと思います。

ですが、作品賞候補というのは、これは大変なことです。つまり、全米映画アカデミーが2021年の「ベスト10」にこの作品を選んだということだからです。一体どうして、アカデミー会員に代表されるアメリカの映画界は、この3時間にわたる淡々とした純文芸作品に「ゾッコン惚れ込んで」しまったのでしょうか?

3つの理由があると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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